それは有名日本人デザイナーを取材した初めてのパリ出張。1週間の行程も無事に最終日となり、ナイトフライトに乗るまでの数時間だけのフリータイム。そのデザイナーに勧めてもらったフレンチレストランに勇気を出して入ってみたのでした。
セーヌ河沿いのその店「ル・ヴォルテール」はカフェのようなオープンな雰囲気で、ひとり歩きのマドモワゼルとしても入りやすかったのを憶えています。
「ゴニョゴニョゴニョ」とギャルソンが今日のおすすめを説明してくれていたようですが、私は聞く耳も持たず(どうせ聞いてもわからない)、メニューをパタンと閉じて一言。「フォワグラ、シルヴプレ」。
するとギャルソンが「ご一緒にワインはいかが。フォワグラにすごく合うのがありますよ」(なぜでしょう、このフレーズはフランス語の出来ない私の耳にもすっと入ってきました)と言うので、「じゃあ、それもシルヴプレ」。あとはステーキフリットか何か頼んだかもしれませんが、まったく記憶なし。というのも、このフォワグラが強烈な体験だったのです。
それまでもフォワグラは日本で食べたことがありました。90年代の日本で一般的だったのはクラッカーの上にフォワグラのテリーヌを乗せたカナッペ。そしてこのころ流行っていたのが、ソテーしたものを大根の上に乗せてバルサミコ酢のソースをかける和洋折衷なスタイル。
どれも美味しいけれど、これがキャビア、トリュフと並ぶ世界三大珍味なんだろうか。フォワグラってこんなもの? 本場フランスならもっと美味しいんじゃないの? という疑念を拭い去れずにいたわけです。
そこへ絶好のタイミングでやってきたパリ出張。打倒(倒す必要はないんですが)フォワグラというわけで鼻息も荒く、シックな革張りのソファに身を沈めたわけです。
待つことしばし。しずしずと現れたのは、真っ白な皿に乗った、ピンク色のバターのような四角い塊。この「バターのような」とは、たとえるならカルピスバターくらいのサイズ感。つまり、ざっと400グラムはありそうなボリュームで、特大のフォワグラがやってきたのでした。
もちろんここまでは大きくないけれど、ここから切り出したイメージです。
おともにはこんがりと焼かれたブリオッシュと、黄金色のワイン。「これはソーテルヌのワイン。フォワグラとは絶好のマリアージュですよ」と、またしてもまったくわからないはずのフランス語が脳内でスラスラと日本語に変換されます。なぜだか、私、お酒に関わる外国語は理解できるようです。
目の前のピンク色の塊に圧倒されながら、まずはワインをひと口。甘いのにくどくない、さらりとしたハチミツみたい、と思ったことを憶えています。