マイヤーは大学で政治学を学び、無党派の大統領候補の選挙事務所で働いたのち、1984年、26歳の「周回遅れの見習い」として、ローマで料理修行を始めた。翌年、その経験のみで、ニューヨークに「ユニオンスクエアカフェ」という創作アメリカンのレストランをオープンする。
レストランは成功を収め、マイヤーは、「グルメピザ」をはじめ18ものレストランをマンハッタンに展開し、ミシュランの3ツ星にも輝き、アメリカの料理界でもっとも栄誉あるジェームス・ビアード賞をグループで28も獲得した。アメリカを代表するカリスマレストラン経営者の1人となり、講演活動やコンサルティングにひっぱりだこの人物となっている。
筆者は、マイヤーの著書も読んだが、技術の向上はスキルの49%までが限界で、残りの51%はパーソナルスキル、つまりおもてなしの心だと主張、なので店の成功は、他店が真似できない「そこ」にあると豪語する。
マイヤーの、店の成功はおもてなしの心にありという主張には、深い感銘を受ける反面、とことんお客さまひとりひとりへのカスタマイズされたサービスを要求するマイヤーなので、自分が従業員だったら具体的にどうしたらいいか、しばし沈黙してしまう。
波及する気配のない「チップなし」
この料理界のカリスマも、今年、還暦を迎え、円熟味を増しているが、彼が3年越しで取り組んでいる挑戦が、いまひとつうまくいっていない。それは、フードビジネスでの「究極のおもてなしへの取り組み」で、ずばり、チップを受け取らないレストランの展開だ。
マイヤーは、2015年に、突然、「これからは、チップご無用(Hospitality Included)のレストランにします」とプレスリリースで宣言し、自社レストランをひとつずつ、チップなし体制に変えている。
マイヤーいわく、「おもてなしでアメリカNo.1のレストランが、その対価としてチップを宛てにするような商売をやってはいけない」ということなのだ。テレビに出演するときのマイヤーはいつもニコニコ顔だが、この発言にはマイヤーの自己に厳格な性格がよく反映されている。
「チップご無用レストラン」の動きを、マイヤーは全米に広めようと同志を募ってきたのだが、「総論賛成、各論反対」の同業者たちの壁にぶつかり、少しも波及する気配はない。
それどころか、「チップご無用」に賛同したレストランも、この3年のあいだにひっそりと元に戻すケースが増えてきた、と「ザ・ニューヨーカー」誌は指摘している。チップが従業員の収入の一部になっているため、雇い続けるためには、雇い主が売上のなかからチップ分を払わなければならない。そうなれば、結局、単価を上げざるを得ない。解決策として、チップを復活させるしかなくなるというのだ。
誰しもメニューの値段が上がるのは喜ばないし、またチップはお客にとっては店への評価手段で、それを奪われることへの抵抗もある。従業員側でも、前にもらっていた額と同じだけもらえるとは限らないので、不満につながることになる。
ただ、アメリカの人たちにはわからなくても、われわれ日本人には感覚として、ほんとうのおもてなしを育てるには、金をもらうべきでないという感覚はよくわかる。金勘定をしながらお客さま対応をすることで工夫が途絶え、向上心がなくなる。