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会社員、イタリア家庭料理の道をゆく

北イタリアの郷土料理「トルテッリーニ」

もう20年近く前のことだから、あまりよく覚えてなくて……と言いたいところだが、意外によく覚えている。帰ってきたらいまの部署からデスクが消えているかもしれない、そんな不安に、えいやっと蓋をしながらイタリアに行くのは、やはり大きな冒険だったからだ。

半年の休職を願い出た私に対して、最終的に上から降りてきた答えは、「そんなに行きたいなら、君、有給休暇があるじゃないか」というものだった。解釈としては、社則の範疇で行けば咎めはしない、ということだろう。

しかし、当時の局長からチクリと付け加えられたことがあった。それは、有給休暇を全部使い果たしてしまうと、そのあと風邪で休みなんてことになったら「欠勤」になってしまうから、1週間分くらいは残しておくように、ということだった。

しかし、これまで積立てた休暇に、土日を足しても、たった2カ月にしかならないというのに、いまさら「保険」のように、そこから1週間も削るわけにはいかない。とりあえず局長には「はい」とだけ返事をして、日本を後にした。1999年9月のことである。

「ないなら、自分でつくってやろうじゃないか!」

ところで、こんな無謀な手段を取ってまで、私を料理修行へと駆り立てたものは、いったい何だったのか。それは、北イタリアの郷土料理「トルテッリーニ」だ。



中身にミンチ肉を詰めた、臍(へそ)のような形の小さな生パスタで、黄金色のスープに浮かべて食す。カステルフランコという、ボローニャとモデナの中間に位置する小さな町が発祥地と言われ、ここに、昔ながらの製法を守ったトルテッリーニでもてなしてくれる、由緒正しい宿があった。

遡ること6年前に、夫婦でイタリアを旅した際に1泊したこの宿で、初めてトルテッリーニを食べたときの感動たるや、いまでも鮮明に記憶している。スープごと掬って口に運び、噛み締めた瞬間に広がる繊細な肉の風味と塩気。見た目こそシンプルだけど、ほっこりと体に沁みわたる滋味が忘れられず、以来、イタリアに行く度、必ずこの宿に立ち寄ることになる。

それにしても、当時、日本ではすでにイタ飯ブーム、東京には数多のリストランテがあったけれど、こんな料理を出してくれる店は1軒もなかった。「だったら、自分でつくってやろうじゃないか!」それが、私がイタリア料理修行を決意するに至った、そもそもの原点だった。

ゆえに、料理を習う場所は、何が何でもトルテッリーニの本場、エミリア地方。そして、プロの調理師学校や外国人相手の料理学校には、絶対に入らないと決めていた。なぜなら、高級レストランで供される料理ではなく、庶民の、飾らない、素顔の郷土料理を習得したかったからだ。

本来なら、例の「トルテッリーニの宿」で2カ月間働かせてもらえれば、それだけで本望なのだけれど、それは妄想のまた妄想として、前半の1カ月はボローニャ、後半の1カ月はそのお隣りのモデナという、エミリア=ロマーニャ州の食の二大都市を拠点とすることにした。

文=山中律子

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