まずボローニャでは、手始めにマルゲリータとヴァレリアというおばあちゃん姉妹の料理学校に通い始める。実はこの2人、北イタリアでは言わずと知れたボローニャ料理の重鎮シスターズ。
マルゲリータとヴァレリア
イタリアのおばあちゃんのくせに、痩せ型で、テキパキしていて、イタリア語の説明をわかったふりをして聞き流していると、すぐに見破る怖いマルゲリータと、生パスタの生地を練るのに人一倍時間がかかっちゃっても、優しい言葉で励ましてくれて、最後はそっと手を貸してくれるいつも優しいヴァレリア。2人の飴と鞭の指導で、エミリア料理の基本を叩き込まれた。
トルテッリーニの旨味の正体
そんななかで、意外にも早々に、トルテッリーニを教わる日が訪れた。卵と小麦粉だけの、この地方の基本の生パスタ生地を練って球状にまとめ、寝かせている間にリピエノ(詰め物の中身)をつくる。そう、いよいよ、トルテッリーニのあの中身が、旨味の正体が判明するのだ。
それは、なんと生ハム、モルタデッラ、火を通した豚ロース肉、そしてパルミジャーノ、これらをペースト状にするというものだった。思わず、「そのまま食わせろ!」と叫びたくなるほど高級生ハムもモルタデッラも、本場ではトルテッリーニのための堂々たる「材料」にしかならない。それは旨いはずだ。なんとまあ、贅沢なエミリアの人たちよ。
続いて、生地を伸ばす作業。重鎮シスターズの厨房には、パスタマシンなどという文明の利器は存在せず、頼るは長さが1メートル近くある麺棒のみ。これを薄ーい風呂敷のように伸ばしていくだけでも至難の技なのだが、本当の試練はさらにここから。
4cm四方ほどの小さな正方形にカットしたら、さっきつくっておいたリピエノをひとつひとつ巻き込んでいく。これがまた、何度やってもお手本と同じ形にならない。小さい正方形の中央に梅干しのタネよりも小さくリピエノを乗せ、まずは三角形にきっちり閉じる。その2つの角を、手にたとえるなら右手と左手をぐぐっと下に持ってきて、がっちり握手をさせる感じとでも言えばいいだろうか。
マルゲリータとヴァレリアの周りには、その手元を必死で追うために生徒たちが群がる。
「コーズィ、コーズィ、エ コーズィ」(こうして、こうして、で、こうするのよ)
「コーズィ、コーズィ、エ コーズィ?」(えっと、こうして、こうして、こうするんですか?)
「先生」と「生徒」のあいだで、「コーズィ(=こんな風に)」という単語が飛び交ったのち、シーンとなったら、全員がなんとか習得できたという証し。
あとは皆の鼻息しか聞こえない静寂のなか、黙々と手を動かし続け、どっぷり日が暮れた頃に、ようやく2000個近くのトルテッリーニが完成したのだった。