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2018.10.07 11:30

有休2カ月で料理修行、私を駆り立てた魅惑の「トルテッリーニ」


さて、ここボローニャで、イタリア料理の本質を教えてくれたのがこのおばあちゃん姉妹だとしたら、もう1人、料理はまったくできないけれど、その後の私のイタリア料理修行に大きな影響を与えた重要な人間がいる。

それは、ホームステイ先のマンマ、ネリーナ。ひとり息子も独立し、退職間近の夫と2人暮らしのこの家を見つけたのは、偶然に近い。いまのようにネットが普及していない時代、東京のイタリア文化会館で「学校」の資料を漁っていたときに、なぜか1枚、「ホームステイ」の手づくりチラシが紛れ込んでいたのだ。

あとで知ったことだが、東京に出張に行くという隣家の息子にチラシを持たせたところ、その彼がイタリア文化会館の資料室の「学校」のところに、誤ってぶち込んできたのだというから、これも何かの縁だったのだろう。



「突撃隣の晩ごはん」のごとく…

このネリーナの何がすごいって、その交渉力。いや、並外れた図太さというべきか。

「料理学校のない日は、いろいろな人に料理を習うといいわ。だってあなた、2カ月しかイタリアにいられないんだもの」

そう言って、なんと初日から無理やり料理を教わる羽目に。といっても、もちろん彼女にではない。

あるときは、ボローニャ料理の老舗リストランテでシェフをしていた引退オヤジを家に呼んで、私に肉料理を教えさせ、またあるときは、お菓子づくりの達人マンマの家に連れていって、私に郷土菓子を覚えさせる。

そうかと思えば、週末ごとに、別荘のある南イタリアのプーリアへ、実家のある北イタリアのトレンティーノへと、車で大移動。「町の老舗リストランテに話をつけておいたから、行くわよ」と無理やり連れて行かれたかと思えば、私のことを「彼女、日本から来た料理ジャーナリストなんですのよ〜」と紹介して、厨房に置き去りにしてどこかへ消えてしまう。


突撃先のマンマ宅にて

このパターンで、いったい私は何軒の厨房で料理を習ったことだろう。知り合いの店や家庭だけではない。街を歩いていて、民家からおいしそうな匂いがすると、「突撃隣の晩ごはん」のごとく、私の手をグイグイ引っ張って台所に上がり込み、レシピを聞き出し、味見までしてしまうという図々しさ。

しかし、彼女のこうした「あなたの1日たりとも無駄にはさせない」と言わんばかりの気概に、精一杯応えることが実に楽しくて、嬉しくて、たった1カ月とは思えないほど貴重な体験を積ませてもらった。

当のネリーナ本人からは、ひとつも料理を教わらなかったけれど、他人の懐に飛び込んでいく度胸と、情熱を持って飛び込めば、人は必ず情熱で返してくれるということを、身をもって教わった気がする。何より、脇目もふらずイタリア行きを敢行したことへの後ろめたさを、いまだ振り払えずにいた私の背中を、大きく前へ押し出してくれた。

そうして私は、彼女の元を離れ、次なる目的地モデナへと向かった。

連載 : 会社員、イタリア家庭料理の道をゆく
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文=山中律子

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