広州郊外の小学校。『少年強則国強』のポスターを横目に下校する子どもたちが口にする言葉がある。「中国夢」だ。
世界に再び中国主導の経済、外交秩序をつくり上げるという習近平の決意表明である。その「中国夢」計画の中でも注目したいものが、金融戦略だ。戦後の日本が経済成長に蹉跌し、極度のバブル経済生成からその後の深く長い低迷を余儀なくされた理由は、円ドル金融戦略に敗れたことにあった。中国は日本の失敗を徹底的に研究した。そして今、いよいよ本格的な世界金融戦略を展開しようとしている。
2013年5月。珍しく晴れわたった北京で、私は中国政府の幹部に昼食を誘われていた。にこやかに料理を私の皿に盛ってくれた彼は「尖閣問題はともかく、中日はもっと協力し合わなければならない。特に国際金融の分野では、中国が日本に学びたいことがたくさんあります」とささやいた。
金融の博士号を持つ彼の口からついて出るのは、世界銀行や国際通貨基金(IMF)への辛口コメントだ。中国を筆頭に新興国がこれだけ台頭してきても、アメリカなど先進国は世銀やIMFに対する新興国の出資や発言権の引き上げに応じない。アジア開発銀行(ADB)は、日本が牛耳っている。「世銀、IMFの援助に伴う厳しい諸条件は途上国の実態に合わず、失敗を重ねてきた。今こそ発展した我々新興国は、中国を中心にした新たな国際援助の秩序をつくりたいのです。それがアジアのためにもなります。まずは、ADBとは別にアジアのインフラ投資銀行(AIIB)を設立したらどうか、と思うのです。日本も参加してください」
当時中国は、AIIBとともに新開発銀行(いわゆるBRICS銀行)と上海協力機構開発銀行、それにBRICS 版のIMFのような基金の設立を検討していた。「AIIBへの日本の寄与を期待したい。ADBは日本がリードしAIIBは中国が引っ張っていく。ウィン、ウィンですよ」
2013年10月ごろから中国は公式に動き始め、今秋のAPECに向けて設立に賛同する新興国らと覚書を締結する見通しだ。AIIBは明らかにADBへの対抗軸、先進国グループの途上国援助に真っ向から立ち向かうと見られている。これによって、アジア低所得国のインフラを整備し、中国内の過剰生産力を移転しよう、という思惑もある。
欧米でより話題性の高い新銀行がBRICS銀行だ。この7月のBRICS 首脳会議で設立時の資本金500 億ドル、本部を上海に置き、総裁はインドから出すことが合意された。目的は、BRICSやほかの新興国、途上国のインフラ整備や成長計画に資金を融通することにある。BRICS銀行は世銀に擬せられるだろう。
中国はこれらで主導権を握りながら、人民元の国際化を本格化させることを戦略にしている。人民元は中国周辺部で確実に通有力を拡大しつつ、対中国貿易での決済通貨としてのプレゼンスを高めている。香港などのオフショア市場の取引高も増し、欧米各都市に人民元センターを次々に設置している。これにAIIBなどの資金調達に人民元を使用することで、一段と人民元の国際化を進めていく腹積もりであろう。
だが、実は難問が多く控えている。各銀行の資金力や融資能力、体制は十分とはいえないし、そもそもBRICSは先進国に対抗意識を燃やす、という以上の強い利益共同体ではない。中国の存在が突出することには、ほかのメンバーから強い警戒感がある。中印は領土問題も抱える。
さらに人民元の国際化は、現在までのような閉鎖的で人為的な方法には限界がある。その先の、基軸通貨ドルとの全面対決という気が遠くなるような衝突にも覚悟が必要だ。
金融戦略で「中国夢」をかなえるためには、国際金融理論に則った経済外交とより友好的な先進国との対話、そして何より日本との協業が不可欠なのである。