「社長の息子がチェーンストア理論に毒されている」と、富山は社内で言われたのだ。戦後、日本人の生活向上を目指して、統一された多店舗展開による流通の近代化は、「もう古い」とされていたからだ。
「でも、逆に僕はチェーンストア理論をやらないと潰れますと言うようになりました」と、富山は言う。「アメリカの歴史を見れば、チェーンストアは地域から生まれ、地域を変えてきました。小売業は労働集約型産業だし、社会を変えていくインフラの役割を果たしていると気づいたのです」。
では、全国チェーンとは違う強みは何か? そう自問したとき、CCCの社長、増田宗昭から、CCCのTポイントカード傘下にサッポロドラッグストアーの会員カードを入れたらどうかと誘われた。
富山はTポイントカードと提携しようと、契約書に印鑑を押しかけたとき、「ちょっと待てよ」と思った。
北海道内ではTポイントカードやPontaカードよりも自社のカード会員の方が多い。それなのに、手数料まで払って、自社の顧客を全国チェーンに渡すって、絶対にやっちゃいけないことじゃないか。全国チェーンと同質化したら意味がない。自社の価値とは地元に密着していて、来店頻度が高い女性客を多く抱えていることだ。
富山は思った。まったく新しいブランドのカードをつくろう。地元・北海道が好きな人なら誰でも会員になれる、「ナショナルでもなく、ローカルでもなく、もっと広いリージョナル(地域)のカード」だ。
自社以外の加盟店も増やして、「楽しくつながる」をコンセプトにした「EZO CLUB」構想である。これは富山が予想しなかった現象を起こしていく。
企業を応援するお母さんたち
13年、共通ポイントカードEZOCAを運営する会社「リージョナルマーケティング」が設立され、翌年、17万5000人の会員からスタートした。「一気に飛躍するきっかけがありました」と、同社の取締役、渡部真也は言う。EZO CLUBは、「カード、メディア、コミュニティ」の3つを軸にしている。メディアとはフリーマガジンで、コミュニティとは子育てや手芸など地域のサークルである。渡部が話す。
「ある食育サークルに話を聞いたら、活動の場所と告知方法で困っていると言われました。皆さん、フェイスブックで告知をされていて、なかなか広がらない。だったら、サツドラ店舗に置いているフリーペーパー『EZOママ イベントかわら版』やフリーマガジンに掲載できます。これが口コミで予想以上に広がりました。活動場所も、メーカーさんなど企業が『協賛しましょう』と声をあげたのです」。
活動場所は店の会議室や保育士養成学校など、女性たちとの接点を求める会社が提供した。特に大受けだったのが、住宅メーカーのショールームだ。料理サークルが最新のキッチン設備を体験し、「テンションが上がりましたよ」と喜ぶ。提供する企業側も、消費者との接点が息の長い関係に変わる。
ものづくり系のコミュニティが主催するイベントは1000人単位の集客があり、企業は協賛しながら歯磨き粉など試供品を配布する。すると、女性たちが「何か、私たちが企業さんにお返しできることはありますか? 宣伝くらいしかできませんけど」と言い出したのだ。イベントで企業のPOPをつくる女性も現れた。もちろん、「私たちは企業側に利用されていませんか」と疑問を抱く女性もいる。渡部が言う。
「企業や我々がここで稼ごうとすると、誤解や問題を起こします。あくまでもママさんたちを応援すること。企業と生活者が向かい合った結果、同じ方向を向いてサポートする関係が生まれました」。
売り手と買い手に線引きされた関係から、お互いが協調する関係性へ。「経済合理性でいうと、私たちがやっていることは非効率です」と渡部は言う。しかし、「ポイントが5倍になる」といった経済性だけでカードを運営していけば、企業は消耗していくし、会員とは数字のみの関係だ。
それよりも、収益源は企業からのカード手数料とWeChat Payの代理業や、フリーマガジンの広告にする。そしてコミュニティ支援で仲間を増やして、お互いの距離を縮める。協賛企業にとっては潜在需要になる。この近しい「距離感」こそが、全国チェーンにはできない差別化となったのだ。
EZOCAの会員数は3年で160万人を突破した。昨年11月には、札幌ドームで2日間、「サツドラFES」が開催された。ドラッグストアーのフェスティバル自体が前代未聞だが、約100社がブースを出し、会場には親子連れを中心に2万9221人もの人が集まった。ドームはEZO CLUB経済圏を象徴する賑わいとなったのである。