5つの味(甘味、酸味、辛味、苦味、塩味)がするリモンニク(朝鮮五味子)はロシア沿海地方の特産
これらの食材はモスクワにはなく、極東ロシア特有のものだ。これまで鹿肉をストロガノフにするなど、地元の食材をロシア料理に取り込んだ例はいくつもあったが、極東版スローフードともいうべき「パシフィック・ロシア・フード」の発想はそれらとは根本的に違う。
古来、極東ロシアの沿海地方に住んでいた漁撈の民、ナナイ族(中国語名「赫哲族(ホジェン族)」)には魚の生食の習慣があったが、それらの先住民族や中央アジアからの移民の調理法、さらには近隣アジアの中国や朝鮮半島、日本の食文化からの影響を受けて生まれたものといっていい。まさにミックスカルチャーの賜物といえる。
「パシフィック・ロシア・フード」は言わば「地産地消」の料理だ。地元のPR会社の代表で「ポルトカフェ」のオーナーでもあるキリル・パタペンコ氏は次のように語る。
「沿海地方には魅力的で固有の食材がいくつもあるが、それを使った料理を提供するレストランはなかった。世界的にローカルフードが注目される時代であり、われわれも地元の食材をきちんと使って料理を供すれば、ウラジオストクを訪れる旅行者を惹きつけることができると考えた」
当初、パタペンコ氏の頭にあったのは、モスクワなどから訪れるロシア人ツーリストのことだった。極東ロシアへの投資を促す目的で毎年9月にウラジオストクで開催される東方経済フォーラム、2015年以降は日露首脳も参加するようになったが、そこでもPR活動を行うなど、日本人ツーリストの存在も意識するようになったという。実際、パタペンコ氏の店には日本語のメニューも置かれているほどだ。
鮮魚の扱いに長じた日本の食文化を知る身としては、純然たる刺身とは別物と感じられなくもないが、大ぶりのタラバガニや生ガキを手ごろな値段で味わえるのは悪くない。スパイシーな魚介のスープはアジアの味覚に近く、ナマコやゼンマイといった日本人にも親しみのある食材が使われるのも、日本海の対岸に位置するお隣の国ならではといえる。
ロシア料理以外のさまざまな調理法とローカルな素材がミックスした「パシフィック・ロシア・フード」
ソ連崩壊によって深刻な経済難に陥った時期があっただけに、現代的な外食文化の歴史は浅いと言われても仕方のない面もあるウラジオストク、地元に根ざしたローカルフードを標榜するレストランが現れるようになったのも比較的最近だが、彼らはこの地を「極東」ではなく、太平洋に向かって開いていくという意味で「パシフィック・ロシア」と呼んでいる。
今日のウラジオストク人たちの気分を理解するうえで、「パシフィック・ロシア・フード」は格好の要素のひとつともいえる。市内のレストランでは、5月はムール貝、7月はホタテ、9月はタラバガニなど、旬の季節ごとに食のフェスタを行っているので、試してみてはどうだろう。
連載:国境は知っている!ボーダーツーリストが見た北東アジアのリアル
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