一方で、物質の根源的単位である、素粒子の世界を支配する量子力学においては、観察する行為そのものが現実をつくるという結果も知られています。
1999年に行われたDelayed Choice Quantum Eraser Experiment(遅延選択の量子消しゴム実験)という実験においては、観測行為そのものが、未知の粒子の状態を決定するという量子力学の波動関数の特性に加え、観測に伴って人間が知る行為そのものが発生したその瞬間に、過去に起こった事象すらも遡って決定してしまうという奇想天外な結果を示しています。
この実験についてはさまざまな場所で議論がなされていますが、比較的わかりやすいものとしてはこんなビデオがあります。解説者の激しい訛りと、頭部の大きさが非常に気になりますが、それだけ脳みそがあってこそ、この説明ができるのでしょう。
データ収集行為(知ろうとする行為)そのものが現実を決定する、という理論を突き詰めたアメリカの物理学者ジョン・ホイーラー(John Wheeler)は、「過去とは人間が振り返り知ろうとする行為そのものによってつくられるものである。それ以前からそこにあるのではない」としています。
こういった理論、実験、結果、そして解釈がどのような現実的応用を持っているのかはまだ理解されてはいません。そのようなことに「解」を見出す苦悩のなかで生きたければ、物理学はおすすめの学問ですが。
ただ、私が言いたいのは、データを収集するということは、それ自体が非常に大きな力を持っていることであり、世界を物理的に決定づけるようなこともあるということです。
「こんなことはデータでは解決できない」と考える前に、自分に問うべきことは、「本当にデータで解決できないといえるほど、ガチでデータを収集してきたのか」ということではないでしょうか。データサイエンスの限界を危惧するより、その可能性を突き詰めていくことが自らの道だと自戒しています。