「様々な推計の上に成り立った予測ですが、その半分のリターンだとしても、かなりいい投資だと思います」
そう語るのは、英金融大手スタンダード・チャータード銀行元CEO、ピーター・サンズ氏。今年3月に国際機関のグローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)の事務局長に就任した。
グローバルファンドは、コフィ・アナン元国連事務総長らの呼びかけに応じて、G8諸国が資金を支援したのをきっかけに、2002年にスイスに発足。エイズ・結核・マラリアの三大感染症対策のため、現在までに338億ドル(約3.7兆円)をそれらが多発する中低所得国や地域のプロジェクトに拠出。2200万人以上を感染症による死から救った、世界最大規模の医療関連の基金だ。
冒頭の数字はグローバルファンドが3年おきに行う増資の第5回目(2017年から2019年まで)の目標額とその経済効果の概算だ。同基金がその経済効果まで予測するのには訳がある。
WHOによると2016年に結核、エイズ、マラリアで亡くなった人は 約300万人とも言われ、毎日、8600人もの命が失われている計算になる。低所得国にとって感染症の被害は、患者の健康だけではない。子どもたちは教育の機会を奪われ、看病をする大人の労働力も奪う。教育水準の引き上げや、労働者の生産性向上、その地域や国の社会・経済発展、ひいては世界全体の発展のためにも、感染症対策が重要だと考えているからだ。
同ファンドは2030年までに、この3つの感染症の流行終結を目標に掲げる。しかし道のりは険しい。資金調達は困難で、社会的差別や医療へのアクセスなどの問題で対策が進まない地域も多く、2030年までの目標達成を危ぶむ声も聞かれる。
同ファンドの事務局長に就任したサンズ氏は、マッキンゼー・アンド・カンパニーのディレクターやスタンダード・チャータードのCEOなどを歴任。同ファンドの事務局長としては異色の経歴の持ち主だ。岐路を迎える同ファンドの新しい舵取り役として、その手腕への期待は大きい。
民間企業での経験が長いサンズ氏は、感染症対策では「創造力と想像力が必要だ」と強調し、政府による資金協力だけでなく、民間企業がもたらす様々なイノベーションの重要性を説いている。日本の民間企業や民間人でも「命が救える投資」に貢献できるのか。サンズ氏にインタビューした。
──銀行家時代にCSRでヘルスケアに関わり始め、その後もグローバル・ヘルス分野で活躍を広げている。なぜ元銀行家がグローバル・ヘルスに関わるのか
グローバル・ヘルスというのは実に複雑で課題が多い。しかし、だからこそ大きな変化を起こすことができる。何百万もの命を救い、その家族やコミュニティ、そして国に大きな影響を与える。グローバルファンドは、自分の金融のスキルと経営の経験がグローバル・ヘルスという新分野でいかせるので興味深いと思っていた。大企業の経営も充実していたが、今は違うことがしたいという気持ちだ。真にソーシャル・インパクトがあることをしたいと思っている。
ヘルスケアに関わるようになったのは、運に恵まれたということもある。英首相に依頼されて2010年に英国保健省の非常勤ボードメンバーになり、2015年に銀行のCEOを辞めた時には、米国医学アカデミーパンデミックに関する委員会の委員長を依頼された。時には、自分も想像していなかったようなところで扉が開くものだ。また、知的にも興味深い分野だ。私は学ぶことが好きで、疾病や治療法について知るのはとても面白い。