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2018.04.25 07:30

飛騨高山さるぼぼコイン 「人情派フィンテック」成功までの90日



「さるぼぼコイン」は各店舗に配布されたQRコードを、顧客の携帯電話で読み取ってオンラインで決済。専用端末が不要で導入コストがかからないのも普及のポイント。

そう語る古里の経歴は一風変わっている。出身は飛騨市古川町。高校卒業後に地元を離れ、1浪後に早稲田大学教育学部に入学した。在学中は1年間休学して音楽事務所に所属。音楽活動に没頭したため大学卒業まで5年かかったという。

卒業後は肉体労働のアルバイトを1年間転々とし、スクウェア・エニックスに派遣の設備工として入る。のちに社員となった古里は、総務部で事務を担当するうちに企業会計の面白さに気づいた。勤務しながら公認会計士の勉強を続けて一次試験をパスすると、監査法人のトーマツに転職。会計士の資格を活かし、企業監査やベンチャー企業のIPO支援を6年間手がけてきた。

そんな古里がUターンしてひだしんに入ったのは、12年10月のことだ。

「11年の冬にトーマツの先輩たちも呼んで高山のホテルで結婚式を挙げたんです。それが地元で噂になり、当時のひだしんの役員から声をかけられたんです」

ひだしん転職時の待遇は融資部次長。常務理事経営企画部長を務める山腰和重が言う。

「結婚式の噂をきっかけに、東京でバリバリやってきた地元出身の古里を知りました。私は十六銀行の出身ですが、地銀職員にも公認会計士はいない。是が非でも、うちに来てほしい人材でした」

ひだしんは09年、不祥事により金融庁から業務改善命令を出されていた。当時は、経営陣は一新され、大規模な改革が進められていた最中であった。

ひだしんに入った古里は、「育てる金融」をキーワードに、次々と新プロジェクトを開始。13年6月のミュージックセキュリティーズと業務提携した投資型クラウドファンディング(CF)の立ち上げを皮切りに、地域事業者のための無料相談窓口「BizCon.HIDA(ビズコンヒダ)」、購入型CFの「FAAVO飛騨・高山」の運営、子会社の設立と『飛騨・高山さるぼぼ結ファンド』の立ち上げを実現。こうして、地域内のどんな事業者が来ても対応できる「事業支援のフルコース」を用意したのだ。こうした、地方の信用組合らしからぬ先進的な挑戦を経て、満を持して着手したのが、さるぼぼコインである。

さるぼぼコイン普及の基盤となったのは、ひだしんが地元で積み重ねてきた「顔の見える関係性」だ。ひだしんは2013年から地元の商店街を中心に『ひだしんさるぼぼ倶楽部』という組織をつくった。加盟店で会員証を提示すると、飲食店であればドリンクが1杯無料などの各種特典が受けられる。加盟店だけで使える割引券も発行した。原資はひだしんの負担で、これがさるぼぼコイン加盟店の基盤になった。人情でつながるアナログなネットワークの上に、電子通貨という新しい技術を掛け合わせたのだ。

事業者の気持ちを考えて、加盟店側の導入コストをゼロにしていることも、普及を強力に後押ししている。クレジットカードの場合、決済端末の導入を行うと、初期コストに加えて5〜8%程度の決済手数料がかかる。そのため、飛騨高山では電子決済のインフラの導入を躊躇する事業者が多かったという。

「飛騨高山は『ミシュランガイド』で『わざわざ旅行する価値がある』という三つ星の評価です。訪れる観光客は年間約450万人で、外国人旅行者も約45万人。しかし、多言語化対応や電子決済のインフラ整備の遅れで、地域の潜在能力を活かしきれていませんでした」

電子決済インフラ不要のさるぼぼコインの普及が、地域外からのお金が地元に落ちる可能性を高めることに直結するのだ。

さらに、古里がさるぼぼコインで目指したのは「お金の地産地消」の実現だった。

「地域の外に出ていくお金の量も減らしたかった。だから、BtoBで使える地域通貨をつくり、地域内で循環させる仕組みを考えたんです」

たとえば地元の飲食店が食材を仕入れる場合、コインを円と交換してから地域外の卸売業者と取引するよりも、コインを使って地元の加盟店から仕入れるほうが安い。加盟店が増えれば増えるほど、地域内での取引が加速し、地域内の経済が活性化することを狙っている。

かつてこの地でも電子マネーが導入されたことがあった。15年9月、イオンは高山市と地域連携協定を結び、プリペイド型の電子マネーであるご当地WAON「飛騨高山WAON」を発行。楽天も、16年11月に飛騨市と連携協定を結び、楽天Edyの活用を試みた。いずれも爆発的な普及には至らなかったものの、もし地域内で浸透していたとすれば、利便性は向上しても、決済金自体は地域外へと出てしまう。

「さるぼぼコインで、事業者同士が取引をしてくれれば、地域内でお金が循環し、さらに、従来は追えなかった地域内のお金の流れを把握できる。これは、地域の事業者の支援をする時の強力なツールとして使えます」
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文=畠山理仁 写真=佐々木 康

この記事は 「Forbes JAPAN 「地域経済圏」の救世主」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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