早期の実用化を可能にしたのは、まちの信用組合ならではの「アナログなネットワーク」に秘密があった。
「飛騨高山は人間関係が濃密です。休みの日にジャージで出かけたら、翌日には『昨日、ジャージ着てたでしょ? うちのお母さんが言ってたよ』と声をかけられる(笑)。息苦しい面もありますが、この人間関係の濃さが新しい取り組みを成功させているんだと思います」
苦笑しながら語るのは、飛騨信用組合で「さるぼぼコイン」を主導する古里圭史・常勤理事総務部長。さるぼぼコインとは、2017年12月初旬から飛騨信用組合が提供を始めたプリペイド型電子地域通貨のことだ。さるぼぼは、飛騨弁で「猿の赤ちゃん」で、お土産の人形として知られる。
地域通貨普及のカギは「使える場所をいかに増やすか」にある。導入前には外部の有識者から「成功例はない」「失敗するぞ」とも言われたが、開始からわずか3カ月で加盟店の数は540店舗を超えた。業種はスーパー、飲食店、自動車販売店、タクシー会社、旅行代理店、不動産会社、養護老人ホームまで幅広い。利用者3500人、発行総額1億3000万円と順調に伸び続ける。
そんな話を聞いた日の夜、高山まちなか屋台村「でこなる横丁」で古里と待ち合わせた。店内には、ひだしんの決済用QRコードのパネルが置かれている。店側の導入コストはゼロ。導入にいたった経緯を聞くと、店主が笑顔でこう言った。
「ひだしんの皆さんにはよく利用してもらっています。頼まれたら断れませんよ」
食事の支払いは、さるぼぼコイン。スマホを取り出してパネルのQRコードを読み込むだけで決済は完了だ。
濃い人間関係が生んだ先進的な挑戦
東京から新幹線と特急を乗り継いで約4時間半。列車の車窓には、急峻な山と大きな川が交互に現れる。
「ひだしん」の愛称をもつ飛騨信用組合は、そんな地方を拠点とする(本部高山市・職員数243名)。地銀が地域のリーディングカンパニーと取引するのとは違い、取引先は地元の中小企業や商店、そして個人である。しかも、金融機関としては圧倒的に不利な宿命を背負う。
「営業できるのは飛騨市、高山市、白川村の2市1村だけ。預金を集められるのも原則的には、その地域のみです」
古里がそう言うように、営業エリアの人口は、高山市約8万9300人、飛騨市約2万5000人、白川村約1600人。あわせて12万人未満で、大部分は高齢者。
「銀行は採算が取れない地域から撤退することもできますが、信用組合は逃げ場がありません。地元経済が縮小すれば一緒に衰退する運命共同体です。だからこそ、私たちの至上命題は、地域経済を育てて持続させることなんです」