健康なままでの「人生100年時代」を達成するのに「骨の健康」は無視できない。しかし、自分の骨の状態を正しく理解している人はどれほどいるだろうか。多くの人が骨折して初めて、骨密度の低さに気付くという。この骨への意識が低い現状に警鐘を鳴らすのは、東京医科歯科大学で骨代謝を専門にする篠原正浩氏だ。年齢とともに衰えていく骨のために私たちができることは何だろうか。
この連載では全5回に渡り、さまざまな切り口から「ポストヘルス時代」の人類の可能性に迫る。インタビューアーは、人生100年時代における人の在り方を研究する「ヒューマノーム研究所」創立者の井上浄氏。(第1回 / 第2回 / 第3回)
井上浄(以下、井上):読者の皆さん、血液ってどこで造られるか知っていますか?
篠原正浩(以下、篠原):血液って当たり前にあるものだから、考えたこともないですよね。
井上:答えは「骨」。正確に言うと骨髄の中で造られます。骨髄中の造血幹細胞が大元なんです。骨って重要な役割をいくつも担っているのに、なんだか軽視されがちじゃないですか。
篠原:骨の存在も当たり前すぎて、どう大事なのかなんて考えないですよね。簡単に説明すると、造血という働きのほかに、体を支える、内臓を守る、運動を可能にするという、人間の「活動」を支える機能があります。それから、カルシウムやリンを貯蔵しておく役割も。
井上:食事の偏りなどでそれらの栄養素が不足すると、貯蔵庫である骨から放出されますからね。それに骨も日々入れ替わっているんですよね?
篠原:個人差はありますが、だいたい3年くらいで全部入れ代わりますね。肌のターンオーバーと一緒で、古い骨がどんどん壊されて新しくなっていくんです。骨の細胞って面白くて、骨を壊す「破骨細胞」と骨を造る「骨芽細胞」が同居しているんですよ。
井上:篠原先生は、破骨細胞が大好きなんですよね。
篠原:破骨細胞って、細胞の分化の過程でそれらが融合して巨大な細胞に変化するんですよ。初めて培養させたとき、その姿かたちが愛おしくて、なんじゃこりゃと衝撃を受けましたね。
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 講師 篠原正浩
井上:恋に落ちたんですね(笑)。昔から骨の研究をしていたんですか?
篠原:いえ、昔は、細胞ひとつひとつに焦点をあてて、その中の情報伝達の機構について研究をしていました。でも、小さい頃から漠然と「病気を治したい」と思っていたんです。細胞レベルの研究だと、なかなか病気にまでたどり着かないので、個体レベルでの研究がどうしてもしたかった。そこで、最も私達の身体を成り立たせていると感じたのが、骨なんです。
井上:だから、骨の中でも細胞に興味があるんですね。破骨細胞が古い骨を壊して、骨芽細胞が新しい骨を生むという微妙なバランスのもとに成り立っていますが、破骨細胞は病気という観点から見たら憎い対象ではありますよね。
篠原:年を取ったり病的な状況に陥ると、骨芽細胞による骨形成より破骨細胞による骨吸収が優位になってしまうんですね。つまり骨が壊れる方が優位になってそれが進行すると、骨粗しょう症になってしまう。特に女性は、女性ホルモンのひとつであるエストロゲンが低下すると、骨形成と骨吸収のバランスが崩れて骨密度が下がっていくので注意が必要です。
井上:それは怖いですね。防ぐ方法は何かあるんですか?
篠原:これまでの報告で、閉経後の女性が1日に5〜10回「ちょっとキツイ」くらいのジャンプをすると、骨の退化が抑えられると言われているんです。関節を傷めるのでやりすぎは禁物ですが。
井上:運動によって、骨が造られるということですか?
篠原:それをまさに今、検証しているところです。一般的に、運動している人は骨量が多いと言われているので、運動の種目別に骨量を調べてみたことがあるんですよ。