例えば、「知識の脱植民地化(Decolonizing Knowledge)」というテーマのパネルに登壇したナナ・オフォリアッタ・アイム(Nana Oforiatta-Ayim)。
ガーナ出身の執筆家であり、アート・ヒストリアン、映像作家としても多岐に活動する彼女は、54あるアフリカ各国のアートや文化を体系的にドキュメントする「文化百科事典(Cultural Encyclopaedia)」というプロジェクトを紹介した。各国の歴史的な文化遺産から現代アートに至るまでを、整理し、ウェブや出版物などで発信していくという、大規模なプロジェクトだ。
また、最終日のパネルには、「21世紀におけるモロッコのクラフト」というテーマで、マラケシュを拠点に活動するアーティストのエリック・ヴァン・ホーヴ(Eric van Hove)と、公私ともに彼のパートナーであるサムヤ・アビド(Samya Abid)が登壇していた。
アルジェリア生まれでカメルーン育ち、ベルギーのパスポートを持つが母国語はフランス語、名前はスカンジナビア語で苗字はオランダ語という、多文化を合わせ持ったヴァン・ホーヴは、東京にも10年ほど滞在し、芸大で書道の修士号と博士号を取得している。
生い立ちや経歴も多様であれば、活動も多面的である。アーティストだが、モノづくりの幅広いバリューチェーンを組み込んだ創作活動を行うことで、モロッコ経済の活性化をも考えている起業家でもある。モロッコの労働人口の20%を占めるとされる職人、彼らの経済活動への影響力は少なくない。とくにマラケシュでは、労働人口のおよそ6割がなんらかのモノづくりに従事しているといわれる。
実際にマラケシュの旧市街メディナのスークと呼ばれるマーケットを巡ると、銅のランプシェードや革製のスリッパなどのお土産物を販売する軒先の奥に、錬金師や靴作り職人がその場で販売商品を制作している光景を目にすることができる。
ヴァン・ホーヴのアトリエ発の最新のプロジェクトは、地元の職人がつくる現地市場向けの電動モーダーバイクを開発する「マジューバ・イニシアティブ」という名の取り組みだ。「職人たちは、今は外国人向けのお土産物をつくっているだけだが、地元の市場が必要とする消費財にもっと彼らのスキルを取り込みたい」と彼は言う。
モーターバイクは、現地の交通手段としては欠かせない。また、分解できるそれぞれのパーツは、銅や木材などの現地の素材と職人の技を活用して製作することができるのだ。現在市場には、800ドル(約8.5万円)で手に入る中国製のものと、約2000ドル(約21万円)の日本製のバイクがあるが、マジューバは約1500ドル(約16万円)の価格帯を狙っている。
第1弾のプロトタイプは、アート作品として5万ドル(約533万円)の値が付き、美術館に買い取られた。現在製作中のプロトタイプでは、職人がつくる部品、機械で製作する部品、3Dプリンターを使ってつくる部品を組み合わせ、コストと品質の最適化を図っている。
「最新の技術と伝統的なモノづくりの組み合わせ、そこから生まれる対話が非常におもしろいと思っています。リスクや不安も大きい。しかし、毎日朝起きる意味というか、大きなインパクトがあることをやるというのは重要。イーロン・マスクも言うようにね」(ヴァン・ホーヴ)
新たな視点を提示し続けるアーティストでもあり、経済効果を考えたモノづくりに取り組むシビアな起業家でもあるヴァン・ホーブは、MITなど海外機関との連携も始めている。彼の活動からは目が離せなくなりそうだ。