一方、彼女の所属する政党である香港衆志は、議員を出せない政党となってしまった。この先の活動はかなり厳しいものがあるのではないか。
「党の綱領を曲げることは考えていません。議員を出すだけが政党の活動ではないはずです」
香港衆志は、ジョシュアや周庭などの高校生、中学生の政治団体の学民思潮(スカラリズム)を母体としている。選挙権も持たない学生団体だったが、雨傘運動をリードした。当時の影響力は既成政党を凌駕していた。彼女たちがやれることはまだまだたくさんあるのだ。
「はっきりしているのは、私たちはこれからも香港のために運動は続けるということです」
21歳の周庭は、見た目の印象だけだと、どこにでもいそうな女子大生でしかない。だが、その活動歴は長い。
15歳だった2012年、香港の義務教育で中国共産党を礼賛する「国民教育」が実施されようとしたとき、ジョシュアらとともに彼女も反対の声を上げた。その運動の結果、3万人以上の市民を動員したデモも発生し、香港政府は事実上、国民教育の導入を撤回した。
自らの政治活動をカミングアウトし、初めて運動に参加するため、周庭は一晩中両親と話をしたという。
「それまではアイドルやアニメが好きな、政治なんか考えたことがない、どちらかと言えば大人しい女の子でした。私の決意に両親も驚いていました」
彼女の活動を両親は理解してくれた。その晩からずっと、誰よりも香港の未来を考え、そのために前進し続けている。
このインタビューは日本語で行った。彼女はアニメ、アイドルなど、日本のサブカルチャーの大ファンで、独学で日本語が話せるようになったという。最後にそんな彼女に最近好きな曲を聞いた。
「選挙運動をしている間、ずっと聞いていたのは、欅坂46の『不協和音』です。この曲を聞いていたら、がんばれるんです」
「僕はイエスと言わない 首を縦に振らない」
「一度妥協したら死んだも同然 支配したいなら 僕を倒してから行けよ」
「絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける」
「ここで主張を曲げたら 生きてる価値ない」
巨大な敵に対して、ノーを言い続けること。自分たちの権利を守るのは、自分たちでしかないこと。絶対にあきらめないこと。曲調のせいだろうか、なんだか周庭の悲壮な覚悟に思えてきてしまった。
習近平の独裁体制に対して、ノーの声をあげることは、言論の自由が保障されているはずの、ここ香港でも危険が伴うようになってきた。二年前、習政権にとって共産党の内部事情などを独自のルートで取材していた書籍を発行していた銅羅湾書店の関係者が次々と失踪し、中国本土に連れ去られるという事件が起きた。その後、安否が確認された被害者たちは、次々と転向声明を発表していったのだ。
日本の多くの人にとって、アイドルグループのヒット曲の一つかも知れないが、香港で民主派として活動する周庭にとって『不協和音』は、日々、自分を鼓舞させる応援歌であるようだ。そんな彼女に誰が一番好きなのか聞いたところ、こんな答えが返ってきた。
「西野七瀬さんです。乃木坂の」
意外にも欅坂のメンバーではないらしい。
「だって、すごくかわいいんですよ。日本で会えたらサイコーです!」。笑顔でそう答える彼女。それは、アイドルオタクの女の子のそれである。
周庭の発する香港からの『不協和音』。それは、シリアスなだけでなく、毎日の生活の中で、ナチュラルに発せられるものなのだろう。だからこそ、ずっと続けることができた。この先、彼女にどんな圧力がかかるのか、世界が注視している。
小川善照の「Action Time Vision ~取材の現場から~」
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