ビジネス

2018.02.13

経済学では「世界の半分」を説明できない|大阪大学・安田洋祐

大阪大学准教授、安田洋祐


岩佐:時間以外に、トレードオフの有力なファクターはありますか?

安田:一見経済学と縁遠そうな、心理学的な要素ですね。経済学と心理学を融合した分野が、2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー氏が専門とする行動経済学です。行動経済学者がノーベル賞を受賞したのは、今回で3人目です。

経済分析に心理的要因を取り入れるべきという批判は昔からありましたが、経済学の主流派はこれに反対していました。人によって無数に異なる心理的要因を取り入れたら、理論として機能しなくなるからです。また、心理的要因によって合理的モデルから乖離したとしても、そのブレ方が人によって完全にバラバラであったとすると、マクロのレベルでは打ち消し合うため気にする必要はない、とも言われました。



そんな中で行動経済学がメジャーになったのは、心理学的なモデルを正当化する基礎理論や、モデルと整合的な観測事実がたくさん出てきたからです。これによって、人の行動が合理的モデルから外れる時には、ある種の系統だったパターンがあることがわかってきたんです。

有名なのは、得を求めるより損を避ける行動を優先してしまう「損失回避バイアス」です。例えば、成功すれば10億円の儲けで失敗すれば8億円の損失、成功と失敗がそれぞれ50%の確率で起こるビジネスがあっても、多くの人は損失に目がいってしまい挑戦しない。損失が4~5億円くらいまで下がらないと、なかなかやる人が出てきこないのです。

岩佐:感覚的にもわかります。

安田:リスクはあるけれど平均的に儲かるビジネスに手を出せるような組織は、長い目で見ると間違いなく成長します。残念ながら日本の組織は、リスクはないけれどリターンが小さい、酷い場合にはリターンがマイナスのプロジェクトを慣習や惰性で選んでしまうことが少なくありません。

背景には、成功してもあまり評価されないのに一度でも失敗したら昇進できない人事評価など、ミクロレベルでの原因もあるのでしょうが、組織として自分たちの価値を高めるような意思決定ができなくなっているんです。

一方で、これを地域レベルで実践しているのがシリコンバレーです。ほとんどの組織やプロジェクトは失敗するけど、失敗した人がまた新しい組織で資金調達をして挑戦する。それで10回に1回でも成功すれば、いままでの損が全て回収できるほどたっぷり儲かるわけです。投資家にとっても、どれが当たるかは事前にはわからないからとにかく分散して投資し、10分の1の成功に期待するということですね。

岩佐:実感としても心理的要素に行動を左右されることは多いですよね。正直、金銭のトレードオフだけでは、現代の消費を捉えることはできない気がしています。

安田:しかし、一方で、金銭動機以外のファクターを重視しすぎるのもどうかと思っています。そもそも多様で複雑な現実を、物質的なトレードオフに注目してざっくりと説明できるようにしたのが経済学なので、新たな要素をあまり加え過ぎると、何も説明できないこじつけの議論に陥ってしまう危険性があるからです。

金銭的なトレードオフを主力にしつつも、それでは説明できない超富裕層などの例外を踏まえることで既存の分析がどう変わるのかを考えるのが課題なのではないでしょうか。ここが経済学の難しいところであり、面白いところでもあります。

次回は、日本の働き方の問題点をゲーム理論でシンプルに解説する。安田によれば、日本企業の生産性が低い原因は、長時間労働でも個人のスペックの問題でもないという。(第3回に続く)

編集=フォーブス ジャパン編集部 写真=松本昇大

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