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「働き方を選択できる社会」を創るストーリーたち

Elnur / shutterstock.com

「週休二日制」になったのはいつ頃だったでしょうか。私は子どもの頃、家族で遊びに行ったのはいつも日曜日だった記憶がかすかにあるくらい。でも週休二日制って、特に法令で制定されたものでない、というのはご存知ですか?

労働基準法が制定されたのは1947年。その第35条には「使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない」と書かれたままです。では一体、誰が私たちの休日を週二日にしてくれたのでしょうか。

その人とは、松下幸之助でした。週休二日制は、1965年に松下幸之助の号令のもと、松下電器産業(現パナソニック)が始めたそうで、他の企業が導入しはじめたのはそれから15年も後の1980年ごろなのだそうです。官公庁に導入されたのはさらに12年遅れの1992年、そして公立小中学校及び高等学校の多くでは、2002年に毎週土日が休みになりました。

松下電器が週休二日制を導入した1965年は今から50年以上も前……。それは、いざなぎ景気が始まり、車・カラーテレビ・クーラーの3Cを国民が買い求め、プロレス中継の視聴率が51.2%だったとか。日本一の家電メーカーである松下電器の売り上げは右肩上がり。作れば作るだけモノが売れた時代です。

当時の日本企業はすべて、日曜日だけが休みの週休1日制。休みが1日増えるというのに、「いままで6日でやっていたことを5日にすることはできない」と、松下電器の労働組合からは、大きな反対があったそうです。

松下幸之助は、何を言ってそれを押し切ったのか。それは「1日休養、1日教養」という指針でした。「週休二日制は単に休みを2日にするものではない」、というのがポイント。ちょっとドキッとした人、いますよね。私もその一人です。松下幸之助は50年以上も前に、社員の自主的な学びと成長を重んじ、社会の常識を覆す「働き方改革」を断行したのです。

実はこの「週休二日の話」は、先日、経済産業省の方に教えてもらった話です。その松下幸之助が言った「1日休養、1日教養」という週休二日の概念は、今年9月に世耕弘成経済産業大臣が開いた大臣懇親会で話し合われた、「リカレント教育」に通じているというのです。

文=藤本あゆみ

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