「あら、ありがとう。いい天気ね」
とある土曜日の朝9時、恵比寿のとある路地裏。体つきがいい屈強そうな男性と、自転車で出かけようとしているおばあさんが和やかに会話をしている。
小比類巻貴之── その名を聞いて、懐かしく感じる人も多いのではないか。2004年にK-1 WORLD MAXで日本王者に輝き、以後3回も同タイトルを獲るなど、日本を代表するトップファイターとしてK-1ファンを熱狂させた。
その小比類巻はいま、恵比寿の「小比類巻道場」をはじめ、全国に合計3か所あるジムの経営や経営者向けのフィットネス指導、QUOTATION(クオテーション)という、K-1実行委員会全面協力による本格的なエンターテイメントスポーツイベントの主催など、その活動は多岐に渡る。
格闘技のリングからビジネスの世界へ。経営者として新たな道を歩み始めた小比類巻が語る、K-1のリングで学んだこととは。
──異業種からビジネスの世界へ飛び込む人は最近増えてきてはいますが、小比類巻さんはいつごろからビジネスの分野に興味を持ったのですか?
2005年、K-1の日本チャンピオンになった年でした。現役真っ盛りのときですね。当時、K-1から「ご自身のグッズを作ってください」と言われたんですよ。どうせ作るならしっかり売れるものを作りたいなと思って、それまで読んだこともなかったビジネス書を読んだり、ビジネススクールに通っていた友人に話を聞いたりして。その過程で、ビジネスっておもしろいなと思うようになったのがきっかけですね。格闘技と同じで、奥深いんだなあと。
ただ、現役時代にもっとビジネスのことを学んでおけばよかったと思っています。プロの選手は基本的にリングで闘ってファイトマネーとしてお金をもらうわけですが、リング外でもお金をもらえるような立場にならなければいけなかったなと。格闘家だから格闘技だけやっていればいい、とは思いませんでした。もっとやれることはあったなと、今振り返ると思います。
──最近はアーティストやデザイナーにもビジネス的な感覚を持ち合わせた人が増えてきていますが、それと似ていますね。
そういう意味では、当時話題になったボブ・サップはとても頭の良い選手でした。あれだけテレビで取り上げられていたのも、見た目の迫力とパフォーマンスはもちろんですが、それよりも彼が自分自身をよく理解し、人からどう見られるかを考え、インタビュー時の顔の角度や話し方など、全て計算して行っていたことも大きいと思います。
カメラの前での立ち振舞い方は、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ:アメリカのプロフットボールリーグ)の選手から学んでいたそうですよ。格闘家は格闘技だけやっていれば良いわけではないことを示す、良い例です。
──未経験だったビジネスの世界に飛び込み、ジムの経営者として苦労したことはなんですか?
それまで格闘技しかしていなかったので、ジムにお客さんを呼ぶことがとにかく大変でした。最初は恵比寿の駅前にあるマンションの一室のような場所を間借りして友人の2〜3人だけを教えていたのですが、その時私ができることは、その人達を大切に丁寧に指導することだけだった。
しかしそれを続けていたら、口コミで人が増えていき最終的には70人ほどになりました。そして、流石に手狭になったので今のジムに移ったんです。