もちろん、これを「インド的」な無茶ぶりと片付けてしまうこともできる。しかし、高速鉄道を自らの実績としたいモディ首相にとっては、こうした無茶ぶりにも、政治的な意図が色濃くにじむ。
モディ首相は14日、安倍氏とともに出席した起工式で演説し、「(高速鉄道は)新しいインドのシンボルになる」と力説した。だが、実際の着工時期と大きく隔たるこの時期に敢えて起工式を行った背景には、12月にグジャラート州議会の選挙を控えているという政治的理由が大きい。
2019年にはインドで総選挙が行われ、そこで与党・インド人民党(BJP)が大勝すれば、モディ首相は盤石な権力を伴って2期目に入ることができる。地元グジャラート州での議会選挙で圧勝することを、モディ首相がその布石と位置付けていることは間違いないだろう。野党からの「高速鉄道ではなく、選挙鉄道だ」といった批判は、決して的外れではない。
インドのモディ首相(Photo by Getty Images)
そうした「政治」の臭いがプンプンと漂うインドの高速鉄道に、日本政府は破格の好条件で手を差し伸べている。総工費は1兆800億ルピー(約1兆8600億円)と見積もられ、このうち8800億ルピー(約1兆6000億円)は年利0.1%、償還期間50年という条件で円借款を供与する。円借款の金利は通常年1.4%ほど。起工式の演説で、モディ首相が「ほとんど金利ゼロで日本は資金を提供してくれた」と絶賛するほどの厚遇ぶりだ。このほかに日本は技術研修などの人材育成も行い、まさに至れり尽くせりの対応をとる。
こうした厚遇からは「インドをインフラ輸出の成功例にしたい」という日本側の狙いがのぞく。日本は2015年にインドネシア・ジャワ島の高速鉄道受注で中国に敗れているだけに、インドへは官民挙げて新幹線を売り込んできた。国交省の幹部は「(高速鉄道が)開通すれば、新幹線の実力を世界にアピールできる」と皮算用する。
ここで大きく立ちはだかるのが、安全性に対する問題だ。インドは鉄道の総延長が約6万6000キロに及び、開業も1853年と日本より古い歴史を持つ(日本は1872年)。しかし、車両や線路などの設備は老朽化が目立ち、事故や遅れも頻発している。
8月19日には、首都ニューデリーから車で3時間ほど北上したウッタルプラデシュ州カタウリで列車が脱線して車両の一部が民家に突っ込み、20人以上が犠牲となる事故が発生。地元紙によると、過去10年間での脱線事故の死者は458人に達しており、線路を横断中の事故も含めた鉄道関係の死者は年間2万人に上るとも言われる。
首脳会談が行われた直後の9月29日には、ムンバイの鉄道駅につながる歩道橋で密集した人たちが将棋倒しになって22人が死亡する事故が起きており、高速鉄道計画を進める政府に対して「安全対策を優先しろ」との批判が高まった。
インドでの安全性に対する意識の低さは、鉄道に限ったことではない。道路では自動車が交通マナーを無視して逆送し、道の真ん中にマンホールのフタがアリ地獄のように開いていたりするのは日常茶飯事だ。だが、新幹線の開業後に大事故が起こってしまえば、それは「インドだから仕方ない」では済まされない。開業以来、事故を起こさずに安全性を最大の売り物としてきた新幹線のブランドに大きな傷が付くことになる。