テクノロジー

2017.10.15 19:30

医療テクノロジーが問う「死」と「人間性」の未来

映画『エクス・マキナ』より(c)2014 Universal City Studios Productions LLLP. All Rights Reserved


富裕層だけが恩恵を享受してよいのか
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例えば、誰かが脳エンハンスメントを行い、仕事で一歩先んじた場合、ほかの同僚らは、自分もしなければというプレッシャーに駆られるかもしれない。一部の親が子供に脳エンハンスメントを施した場合も同様だ。ひとたび解禁すれば、まず少数の人々が行い、次に、自分たちもというプレッシャーが世間に広がるのではないかという懸念もある。

そして、ここで問題となるのが、経済格差だ。医療イノベーションへのアクセスを真っ先に享受できるのは、富裕層だ。皆保険制度がない米国では、ただでさえ、医療保険加入者と無保険者の間に分断が生じている。だからこそ、医療テクノロジーへのアクセスをめぐる問題も、もっと議論されなければならない。

次に、まだ理論上のものでしかないが、人の脳の構造を高性能の電子顕微鏡でスキャンし、デジタル情報に落とし込むマインド・アップローディング(脳内情報の転送)という医療テクノロジーもある。スキャンは細胞レベルにとどまらず、分子レベルにも及び、ある人の脳組織を細部にわたって複製する。まだ仮定の話にすぎないが、特定の人の「意識」とでも呼ぶべきものをコンピュータにアップロードし、その人の死後も保管できるようになる、というわけだ。
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そこで、浮上する問題が、デジタル保存されている、ある人の意識を「本人」とみなしていいかどうかという点だ。ある人が脳の複製をデジタル情報として保存し、亡くなった場合、その人の意識は生き続けるのか。私自身は、この点について懐疑的だが、面白い問題ではある。

体内を動き回る、極小ロボット

「ナノ医療」の研究にも目を見張るものがある。ナノテクノロジーとは、「ナノボット」という、細胞より小さな分子レベルの極小ボット(ロボットのこと)を体内に注射し、治療などを行うものだ。

今後数年から5年以内に始まるであろうナノ医療の一つに、がん治療がある。データが詰まった極小コンピュータが内蔵され、抗がん剤を搭載したナノボットが体内に入ると、がん細胞を探し出して付着し、薬で撲滅する。腫瘍だけでなく、血液中の微小のがん細胞も見つけられるため、転移の初期症状も見逃さない。正常な細胞も破壊することで、体に大きな負担がかかる現在の抗がん剤治療と違い、がん細胞のみをたたける。これは、がん治療にとって極めて重要な点だ。

まだ実現していないが、アンチエイジング医療において研究が進んでいる最もエキサイティングな理論の一つに、ナノボットをDNA配列の損傷修復用にプログラムする、というものがある。その患者の正常なDNA配列をプログラムされたナノボットは体内に入ると、加齢が引き起こすDNAの複製エラーを探し出し、その部位の細胞を壊して細胞内のDNA配列を再建する。

アンチエイジングは今や、正統派の「科学」とみなされるようになっており、この20年間で、老化の原因も明らかにされてきた。今後20〜30年の間に、寿命のみならず、健康寿命も大きく変わるだろう。人間は250歳まで生きられるようになるというのが、私の見立てだ。

求められる、人間性の再定義

自然な死が訪れても、人工心臓やインプラントのおかげで、生きている──。これまで経験したことがないような、人間の「存在」をめぐる新たな状況が生まれつつある今、私たち人間は、その意味をつかみかねている。患者は苦しいのだろうか、意識はあるのか、と。

今、生と死に関する既存の認識に難題が突きつけられている。こうした問題を理解するにはどうすべきか。私たちは、そのすべを早急に考える必要に迫られている。私たちは何者なのか、人間性とは何なのかという問題は、より複雑で答えにくいものになっている。将来、「人間性」の概念が再定義されるかもしれない。

誰もが医療テクノロジーのおかげで、より自分らしくなれる日がくることを、私は願ってやまない。たまたま生まれてきた家系や親から受け継いだものではなく、自分自身の選択に基づいた、より自分らしい人間になること、だ。

一方、エンハンスメントなどを利用できる層が限られ、未曾有の格差が生まれるのではないかという懸念もある。一部の人だけが奇跡のテクノロジーにアクセスできるような社会であってはならない。


イブ・ヘロルド◎サイエンスライター。アメリカ精神医学会広報部門、遺伝学政策研究所公共政策研究・教育部門で、ディレクターを務めた。幹細胞研究と再生医療、先端医療の社会的、生命倫理的側面について執筆と講演活動を実施。

構成=肥田美佐子

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