ビジネス

2017.10.02 08:00

日本がAIで勝つためには「魅力的な給与」があればいい

東京大学准教授の松尾豊とアラヤ代表の金井良太


松尾:色々な企業から相談を受けるので「給料を高くしたら人材が来ますよ」と言うのですが、ほぼすべての企業が「いや、人事制度は変えられない」と言います。今後ますます日本と世界の差は広がっていくでしょう。
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逆算して考えれば良いだけだと思うのです。こういう人材を集めて、こういうプロダクトを作るとこれくらいの市場があって、何パーセント取れます。なのでこれくらいの投資が必要です、と。そこで人、データ、計算機に投資する。人にはこれくらい投資すれば良い、というのが分かるはずです。

ところが逆算で考えずに「3000万円は払えない」となる。逆算で考えるのは、工場への投資ではやっていることなんです。1台2億円の機械は山ほど買うくせに、3000万円の人は「高いな」となる。

金井:そうではない企業はあるのでしょうか。
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松尾:今のところないと思います。私は逆に、そこさえやればブルーオーシャンなのに、と思います。平均3000万円もいらない。その半額でもいい。それで誰も取れない人材を取りまくれるわけですよね。

「ディープラーニング×ものづくり」に投資せよ

金井:どこか一つの企業が成功事例として出てくれば、後に続くのかもしれませんね。技術としては、どのあたりが応用になるとお考えでしょうか。

松尾:画像認識でしょうね。海外の企業も参入しやすいので、医療画像などはすでにレッド・オーシャン化しています。画像認識よりさらに踏み込んで、「画像認識+ロボティクス、または産業機械」というところをやった方が良いと思います。私の研究室でも2年程前から取り組んでいますが、当時機械系に詳しい研究者はいなかったのですが、無理やり「やれー」と(笑)。

金井:実は、私の会社の内情もそんな感じです。画像認識の技術とディープラーニングの技術を組み合わせてマグロの個体数を数える、ということをやっています。画像認識はずっとやってきたんですが、画像で特殊な対象を差別化するのって難しいじゃないですか。それはビジネスに役に立つので良いのですが、ただ一般的な物体認識だけだと価値を感じてもらえないので、やはり学習を組み込んだロボティクスかな、と思ったりしています。今後競争は激しくなりそうですね。

松尾:結局産業的にも、研究的にもディープラーニングで認識の問題が解決しはじめたら、次は「身体性」が重要だからそこになりますよね。至極当然で、正しい方向だと思います。

僕個人としてもそうだし、金井さん個人としてもそうだと思いますが、意識は不思議だな、と思って研究しています。例えば先日研究室で議論していたのは、今の強化学習(試行錯誤を通して環境に適応する学習制御の枠組み。ディープラーニングと組み合わせた技術は深層強化学習と呼ばれる)は、まだまだ原始時代だよね、ということです。

世界のモデル化の仕方は、もっと進むはずです。そして、そうしたパターンによる構造化の上に記号の空間が乗っていて、そういったものの先に意識もあるはずです。そういうビジョンは、自分では世界の研究者にそれほど負けてないと思っているし、本当に重要なその研究を自分でやりたい、という研究者としての野望はある。

ただし、日本の今の状況を見ると、日本の産業界が強さを取り戻さなければならない。いいものをどんどん真似をして、企業の競争力にしていく。あるいはスタートアップをどんどん作っていきながら稼いで、ディープラーニングの技術をもった人材を増やしていく。それこそが、研究で再び世界に伍していくための道でしょうから。

金井:我々も「意識を作る」と言っても、結局は強化学習をもっと効率よくやるのにはどうしたら良いのか、ということが具体的な課題なんです。それを応用できるところとなるとロボティクスなど、ものを動かすことになるのでは、と思っています。

課題は共有されていると思うのですが、それをどういう手法でやっていくか、ということですね。私個人としては、クレイジーなことをビジネスの応用として実現させたい、という野望があります。脳とインターネットをつなぐ、というような。認知症などの医療分野から広がるはずだと考えています。

松尾:その技術も、あと30年くらいで実現してしまうかもしれませんね。今はディープラーニングの領域で、例えば、画像認識の活用例がたくさん出てきて、私が言ってきたことが次々と実現されています。次は、ロボット、産業機械なのですが、その中で日本からも良い事例が出てくるといいな、と思います。しかし、厳しい戦いであることには違いないです。

今の日本の産業が、いくらディープラーニングとものづくりの掛け算の領域がチャンスだとはいえ、攻めていって勝つ、ということが果たしてできるんだろうか。社会全体が「認知的不協和」を脱して、謙虚な危機意識を持ってはじめて、わずかながら勝機が生まれてくると思います。私自身は構造的な問題への解決への道筋をストラテジックに考えながら、未来を作っていきたいと考えています。


松尾 豊◎東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 消費インテリジェンス寄付講座 共同代表・特任准教授。産業技術総合研究所 人工知能研究センター 企画チーム長(兼任)。主な著書に『人工知能は人間を超えるか』(KADOKAWA/中経出版)。

金井良太◎アラヤ代表取締役社長。京都大学生物学科卒業、オランダ・ユトレヒト大学で実験心理学PhD取得。英国サセックス大学准教授(認知神経学)。"意識”を説明する理論「統合情報理論」とフリーエナジーの研究に没頭。2015年より現職

文=岩坪文子 写真=小田駿一

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