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I am a freelance science journalist, bringing you interesting science tidbits, tales of discovery and critical looks at everything from deadly diseases to space exploration.

Everett Historical / shutterstock.com

今から48年前の1969年の7月16日、ニール・アームストロング、バズ・オルドリン、マイケル・コリンズの3人が、月に向かって飛び立った。人類初の月面着陸という歴史的な瞬間を迎えるまでの4日間、彼らは宇宙で何をしていたのだろう?

NASAの記録によると、サターンV型ロケットの発射から約3時間後、コリンズは次のようなことを考えていたと語っている。「自分たちが月に向かっていること、そして打ち上げから3時間も経たないうちに既に高度1200マイル(約1900km)にいることが信じられない。発射を見守るためにケープ(ケネディ宇宙センターのあるフロリダのケープ・カナベラル)に集まった人々は、まだ宿泊先やバーに向かう途中で渋滞に巻き込まれているはずだ」

その後、宇宙飛行士たちはサターンV第3段の切り離しに取り掛かった。コリンズが、自分たちが乗ってきた司令船コロンビアを第3段から切り離すと、第3段に収納されていた月着陸船イーグルが姿を現した。次に、コリンはイーグルとコロンビアをドッキングした。

この一連の作業について、後にオルドリンはこう振り返っている。「飛行計画の中でも非常に重要な手順だった。切り離しとドッキングに失敗した場合、我々は地球に戻ることになっていた。また、衝突が起きればキャビンの中が減圧する可能性があった。そのため、マイクがサターンの第3段を切り離している間も、我々は宇宙服を着たままだった」

役目を終えた第3段は残りの燃料を噴出し、宇宙船から離れていった。打ち上げから14時間後、ヒューストンでは午後10時30分を迎える頃、3人は司令船コロンビアの窓に遮光シールドを下ろし、眠りについた。

それから月に到着するまでの2日間は、宇宙飛行士たちはそれほど忙しかったわけではない。地球と月のちょうど真ん中あたりで一度、速度調整を行った他は、予定通りに宇宙船の操縦を続けた。

空に浮かぶ最も美しい球体

2日目、地球から約24万キロ離れた場所で、3人は36分にわたるテレビ放送用のカラー映像を撮影した。彼らはまた、管制センターから地上のニュースを受け取り、ソ連の新聞「プラウダ」がアームストロングを「皇帝」と呼んでいることや、スピロ・アグニュー米副大統領が2000年までに人類を火星に送る野望を持っていることなどを知った(アグニューにはケネディのようなカリスマ性がなかったせいで、彼の夢が実現するのは早くとも2030年以降になりそうだ)。

4日目、アポロ11号は月の軌道に到着。「私がそれまでの人生で見てきた月、つまり空に浮かぶ二次元の黄色い円はそこにはなく、かわりに今まで見た中で最も美しい球体が存在していた。まずそれは、宇宙船の窓を覆い尽くすほどに巨大だった。そして三次元の立体だった。膨らんだ部分が我々の方に向かって大きくせり出しており、手を伸ばせば触れるような気がした」とコリンズは回想する。

宇宙飛行士たちは軌道上で1日を過ごし、月面着陸に向けて準備を行った。「飛行計画の中にはなかったが、遮光シールドを下ろして消灯する前に、ニールと私は翌朝の任務に必要な装備や服を用意し、頭の中で手順をおさらいした」とオルドリンは語っている。その翌日、歴史は作られた。

編集=海田恭子

 

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