今回は、E=Emotion(感情)について(以下、出井伸之氏談)。
今年7月にイスラエルを訪れた。スタートアップネイションといわれる国の秘密を探る旅だった。
最初に訪れた都市エルサレムでは、3つの異なった宗教の聖地として、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教それぞれの地区が道一本隔てて存在していた。それを見て私は深く思った。
テクノロジーが進化し続けるとあらゆることにおいて人工知能(AI)が答えを出すのかも知れないが、人間特有の感性や知性は、今後どのように尊重されていくのであろう。自己の生命を保存するとともに発展させようという本能、つまり自己保存はどのようになるのだろう。人間らしさや本来それぞれが持っている生まれつきの性(さが)のようなものは、どうなってしまうのだろうか……。
技術はさらに進み情報産業の革命が加速する。これまで知的作業とされてきた多くの仕事までもがAIに置き換わると言われている。AIは疲れをしらず、365日24時間働き続け、死ぬこともない。データは永久に残る。
一方で人間は儚い生き物だ。命には限りがある。そして人間には感情があり情緒もある。時に感情の対立によって闘争することもある。しかし感情があるからこそ得られるものもあるはずだ。なぜ景色や音楽に涙を流すほど感動するのか。なぜポジティブな思考が心を穏やかにするのか。人間は理論的にできているものではない。感情や思考は、人間だからこそ生まれたものだ。このような死生観というものをAIが理解するのは、おそらく至難の業だろう。
人間にしかない能力とは
人工知能と人間の関係性については、専門分野でも研究が進んでいる。
イェール大学脳神経科学者プログラムで博士号を取得し、人工知能にも詳しいヤフーCSOの安宅和人氏は、「AIやデータが最も得意とするのは、情報の識別や予測、暗黙知の取り組みも含めた実行過程の自動化であり、したがって、知的生産の多くの過程はそのまま当面人間の仕事として残る。つまり人間の思考が今後ますます求められる時代に我々は突入している」と語っている。(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2017年5月号「知性の核心は知覚にある」より)
知的生産の本質、つまり何らかの論点に答えを出す時、最も大切な正しいイシューの見極めという行為には、明晰で深い思考の質が重要である。人間はその過程で高度で複合的な知的生産を行っている。AIやビッグデータがあればこれらは解決できそうだが、残念ながらそれは難しい。安宅氏によれば、人工知能は不完全な情報の中で問いを見立て、単層ではないタイプの問いに答えることができないからだそうだ。
人工知能と人間の違い。シェイクスピアにみられるような裏切り密告や権力争い、つまり欲や嫉妬心、これらは人間特有のものであり明らかな相違だと思う。その関係については、いつか安宅氏の考えを聞いてみたい。