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世界37カ国、700万人が愛読する経済誌の日本版

宮澤ミシェル氏(写真=藤井さおり)

プロサッカー選手としての道を極めた後、様々な分野に活躍の場を広げる彼らの言葉から、新たな「働き方」や仕事への向き合い方のヒントを探る。今回お話を伺うのは宮澤ミシェル氏。

1963年生まれ、1986年に日本リーグ(Jリーグの実質前身となったリーグ)のフジタ工業サッカー部へ入団。1992年、Jリーグ参入を控えたジェフユナイテッド市原(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)に移籍し1995年までプレーした。現役引退後は解説者、さらに2010年からは浦安市の教育委員会委員としても、メディアから教育の場まで幅広く活躍している。宮澤氏は引退後、どのように活躍の場を広げていったのだろうか。


──今でこそよく聞かれるようになった「セカンドキャリア」という言葉ですが、宮澤さんは現役時代、セカンドキャリアというものを意識されていたか、お聞かせいただけますか?

僕がサッカー選手になった当時は、Jリーグもまだなく、その前身となる日本リーグでプロ契約とアマチュア契約の選手が並存していた時代でした。(所属した)フジタからは最初、プロ契約での打診をいただいていたんですが、プロになりたい気持ちと引退後への思いが錯綜して、「一年目だけ会社の仕事を経験したい」と、アマチュア契約を結んでいました。

営業事務部に配属され、午前・午後それぞれどちらかが練習、どちらかが仕事という毎日。先輩の食事に夜遅くまで付き合うと、翌日の練習が大変で…「これが社会人だな」と思いながらも、これでは練習が中途半端になりそうだと、8か月ほど経った頃に「プロ契約にしてくれないか」と相談しました。

ところが「自分でアマチュア契約を選んだんだから」と断られ、その後、仕事と両立しながらレギュラーをとれた一年目の冬にプロ契約に。するとこれまで仕事に充てていた時間をトレーニングなどに充てられるようになり「この時間をどう使おうか」と考え、本を読みはじめたり、英語を学んたり資格を取らなければならないと思うようになるなど、セカンドキャリアについて考えはじめるようになりました。ただ実際は、目の前のトレーニングに集中することが多かったですね。

──ジェフへ移籍後に迎えた1993年のJリーグ開幕。当時の熱狂はすごかったのではないですか?

全てが変わりました。ただ、「このまま続かないぞ」という冷静さを持って見てはいましたね。

当時は毎週2回試合(延長戦・PK戦も有り)があるというハードなスケジュールで、リハビリと試合を往復するような日々。体は、サッカーができないようなボロボロの状態でしたが、その舞台に立てたことには感謝の気持ちしかなかったです。ブームというものがこうやって起きるんだ、こうやって人の気持ちは熱狂して行くんだと体感できました。

──引退後は解説業を中心に、メディアでのお仕事を広げられていきましたが、もともとそういうお仕事に関心はあったのでしょうか?

解説者というのは、サッカー選手に対して時に厳しく言わなければならない仕事。だから、実はやりたくなかったんです。でも僕は国籍(父親がフランス人、母親が日本人)の問題もあり、子どもの頃からずっと「言葉」に救いを求めていたし、実際に励まされたことも多かった。だから番組を通した「言葉の発信」には興味がありました。

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現役引退直後は何をやるにも踏ん切りがつかず、解説のお仕事も二度断っていました。もう1年プレーできないものかとも考えてみたりと、立ち止まっていた時間です。そんな時にもう一度声をかけていただき、チャレンジしてみた。すると「ミシェルが言うと角が立たない。もっと言っちゃって!」と色んな人に評価された。そこから本格的に取り組むことにしました。

──チャレンジされてみて、どうでしたか?

選手時代には、国籍が問題で出られない試合もあって悔しい思いもしましたが、解説の仕事で、ワールドカップ、南米選手権、ヨーロッパ選手権、オリンピック……いろんなところに行くことができて夢のようでした。

最初はあまりやりたくなかったことも、チャレンジしてみたら世界が開けた。新しい自分に会えたんです。だから今の若者には、「機会があるなら隣の県でも隣の国でもなんでも行け」と言っています。人生はそんなに長くない。人間、どこかへいくチャンス、人に会えるチャンスがあるならば、必ず進んでみた方がいいんです。

また若い選手には、日本サッカー協会から依頼されてインタビュー研修も行いました。石川遼選手、谷亮子選手、北島康介選手などの魅力的なインタビューを参考に、「カメラのレンズを意識して喋るのではなく、その向こうにいる何万人という視聴者意識して喋るんだ」と、インタビューの意味から答え方までを指導していました。

編集=市來孝人

 

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