若者UPが優れているのは、それだけではない。たとえ、マイクロソフトの支援がなくなっても、事業が持続できるようなプロジェクトとして設計されている点だ。工藤は、次のように語る。
「ITスキル講習の講師は外部雇用ではなく、若者支援の現場で働くスタッフが担当。現場にノウハウが蓄積すれば、プロジェクトを持続的に運営できるからです」
さらに、先進的だったのは、初年度から、第三者機関による「社会的インパクト評価」を実施していたことだ。
導入したのはSROI(社会的投資収益率)という評価指標。例えば、就労することで国が得る所得税額、受ける必要のなくなった臨床心理士によるカウンセリング費用など、支援で生じた若者の「変化」の社会的価値を定め、すべて貨幣化する。13年度の同プログラムの社会的価値総額は、約4億1339万円と試算された。SROIを国内でいち早く導入した工藤は、こうしたインパクト評価によって、「就労者数1名」の価値が変わると言う。
「10年間ひきこもっていた若者と、1か月だけ無業だった若者。どちらが就労しても、数字の上では同じ『就労者数1名』。SROIは、前者を長期的な支援によって、就労させることの意義を、支援現場以外の人たちに伝える1つの手段です」
一方、龍治はグローバル企業の社会貢献担当の立場から、こう話す。
「各国間では、どの国がよりインパクトの大きな支援ができるかという『健全な競争』があります。講習受講者数や就労人数といった基準では、中国やインドの同僚たちに到底勝てません。日本は賃金水準が高いため、無業の若者が就労して、納税者になることこそが、大きな価値。そのインパクトを数値として算出できるSROIは、社内と社会へ、事業の意義を示すために、大変有用です」
16年末までに、合計4万1763人に就労支援プログラムを提供してきた若者UP。この連携事業は、実に7年間も、続いている。これはNPO業界では異例のことだ。
異なるセクターに属する団体が、共通の目標を掲げ、お互いの強みを出し合いながら社会課題の解決を目指す「コレクテクティブ・インパクト」という米国発の新たな問題解決のアプローチ。事業収益、寄付により長年「若者雇用問題」に携わってきた育て上げネット。彼らが、企業の持つ強みを連携事業化し、全国の若者、企業、行政、NPOにとって“課題解決のハブ”となる動きには、日本におけるコレクテクティブ・インパクトの“萌芽”が見てとれる。
工藤啓(くどう・けい)◎認定特定非営利活動法人 育て上げネット理事長。2001年、若年就労支援専門の任意団体「育て上げネット」を設立。04年、NPO法人化。1977年生まれ。