「養鶏場はすでに香港で20軒ほどしかありません。作品の中の卵は、香港の産業全体のことを意味しています」
民主派のデモでも卵は象徴的に扱われる。監督の言葉通り、香港の産業は大陸資本の流入によって商業地の家賃は高騰し、小規模な商店は次々と潰れていき、大陸からの観光客に依存するような極端な商店街が香港各地に出現している。すでに大陸からの食料品の輸入によって農業は壊滅状態だという。経済的にも香港は大陸に屈しつつある。
映画のラストは地下書店で終わる。弾圧を避けるため、書店の店主は愛国的でないとされた書物を店の裏に密かに集めたのだ。そこには『ドラえもん』も並んでいた。
「自分も日本の漫画、アニメで育っています。同世代はみんなそうです。『ドラえもん』は昔『叮(口當、ティントン)』と呼ばれていました。でも最近は中国語の当て字の『多拉A夢(トゥオラエイモン)』になってしまいました」
広東語が脅かされる香港ならではの危機感だ。映画は隅々までこうした香港の悪夢に彩られている。すでに十年のうち二年半ほどが経過した現在、この映画の内容は現実になっているのだろうか?
「現実化にはまだ遠いです。この映画の製作期間から現在まで当局からの妨害などもありませんでした。まだ香港には表現の自由があり、声はあげられるのです。ただ、雰囲気的には近づいてきていると感じています。実際に銅鑼湾書店事件が起こり、香港独立運動は存在感を増しています。広東語に関しても、政府は北京語の扱いに以前より比重をおくようにもなりました」
現実に映画が追いつくのは、それこそ悪夢だ。五つの作品の結末はすべて悲劇で終わる。この映画の起点ともいえる雨傘運動自体が、そもそも失敗だったのだろうか?
「目的という意味からいうと失敗だったかもしれません。普通選挙の実現はできませんでした。しかし、香港の将来のことを考える人が増えたことは事実で、雨傘運動の意義はすでに芽生え始めています。だから、将来、歴史的には雨傘運動は成功と解釈されるかもしれないのです」
監督の言葉の通り、各作品は過酷な状況に翻弄されながらも自らのアイデンティティーを決して見失わない香港人の力強さが描かれている。そのことこそ『スターウォーズ』を抑えて興行収入トップとなった所以でもあるのだろう。
映画は7月22日に新ケイズシネマほかで順次公開。初日の7月22日には、伍嘉良監督も来場する予定だ。
小川 善照◎東洋大学大学院修了。社会学修士。フリー記者として週刊誌では事件取材などを担当。『我思うゆえに我あり 死刑囚・山地悠紀夫の二度の殺人』で2008年に小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。他に共著の『ノーモア 立川明日香』。雨傘運動以降、香港問題に関心をよせている。