だが、実際にはインドでは、これをはるかに上回る多大な影響を社会全体に及ぼし得ることが起きている。それは、「インディア・スタック(India Stack)」と呼ばれるプロジェクトの開始だ。
インドでは2009年まで、身分証明書といえるものを一切持たず、出生証明書さえないという人が国民のおよそ半数を占めていた。身分証明書がなければ、その人は銀行を利用することも、保険に加入することも、運転免許証を取得することさえできない。そのためこうした人たちには、起業などの機会も与えられなかった。
そこで政府が同年に立ち上げたのが、「アドハー(Aadhaar)」プロジェクトだった。
同プロジェクトは指紋認識と網膜スキャン技術を使用する生体認証データベースで、12桁の(全国民に割り当てられた)デジタルIDを使用するもの。これまでに実際に導入されたITプロジェクトの中で最大規模、かつ最も大きな成功を収めた例とされている。デジタルIDを取得したインド国民は2016年末までに、人口の95%に当たる約11億人に上っている。
だが、このプロジェクトはインドにとって、始まりに過ぎなかった。同国は2016年、デジタル化に向けたもう一つのプロジェクト、「インディア・スタック」に着手した。
インディア・スタックは、国民の住所、銀行取引や納税申告に関する情報、雇用記録、医療記録などのデータを保存し、共有するための安全なネットワークシステムだ。アドハーを通じてアクセス・共有が可能になっている。簡単に言えば、インディア・スタックは新たなデジタル社会の基盤になり得るものだ。
可能になった「キャッシュレスの世界」
ここで、昨年行われた高額紙幣の廃止についてもう一度考えてみる。モディ首相によるこの決定は、その他の事柄とは関連のない一つの出来事と見られた。だが、これは全ての国民を新たなデジタル・システムへと移行させるものでもあった。