PICK UP

記事が気に入ったら
いいね!しよう

LIKE @Forbesjapan

Forbesjapanを
フォローしよう

FOLLOW @Forbesjapan

世界37カ国、700万人が愛読する経済誌の日本版

南谷真鈴(写真=藤井さおり)

世界七大陸最高峰を制覇し、南極点・北極点到達も果たし、2017年4月、「エクスプローラーズ・グランドスラム」達成の世界最年少記録を樹立した南谷真鈴(20)。彼女はなぜ、山を目指したのか。特殊な生い立ちや、今後の目標を語ってもらった。

──世界七大陸の最高峰を制覇されましたね。なぜ、山登りをしてみようと思ったのですか。

南谷真鈴(以下、南谷):子供のころからずっと、アイデンティティについて葛藤があったんです。自分が何者であるのか、自分の居場所はどこにあるのか、と、自問自答を繰り返していました。

もやもやとした黒い何かが自分の中にあって、それが、大きな山のような感じがして…。本物の山を登ったら、心の中の山も登れるのではないか、と自分と向き合うための手段として選んだのが、山登りだったんです。

──山登りによって、アイデンティティを確立させたいと思っていたということですか?

南谷:そうですね。特殊な生い立ちが深く関係しています。私は神奈川県で生まれたのですが、父が貿易関係の仕事をしていたこともあり、1歳半でマレーシアに引越し、その後、大連、上海、香港と、アジアのあちこちへ移りました。

引っ越すたびに、話す言葉も変われば、受ける教育もそのときどきで変わる。それを2年おきくらいで繰り返していたので、自分は一体どこにいるべきなのか、何者なのだろうか、という思いがあったんです。

10歳の頃に中国の学校に通ったことの影響も大きかったですね。というのも、今から10年ほど前、中国では反日教育が盛んに行われていました。周りにいる学生も反日感情を強く持っていて、私自身、歴史の授業を受けているうちに日本や日本人を恐れるようになってしまったんです。日本はなんて恐ろしい国なんだろう…と当時は心の底から思っていました。

幸い、帰国して日本の中学校に通ったおかげでその恐怖心は消えましたが、自分という存在への問いかけがなくなることはありませんでした。

その後、中学2年生の夏休みに、香港の学校に通うことになりました。そこでは生徒全員にパソコンが配られ、授業も宿題も、何もかもパソコンで行うんです。例えば友人が学校の8階にいて、私が1階でランチをしているときにFaceTimeで会話しながら過ごすなど、友達との会話すらパソコンを介していたんです。

生身の人間とのコミュニケーションはほとんどなく、機械と向き合っているだけだと、自分が何者なのかがますますわからなくなっていきました。そんな中、両親の仲がだんだん悪くなり、私が17歳のときに離婚。自分の心の拠りどころになる人や場所が、どこにも見つけられなかったんです。

──7大陸を制覇するなかで、さまざまな国の人との出会いがあったと思います。今現在、ご自身の国籍や、居場所についてはどのように考えていますか?

南谷:国籍の概念ははないですね。家族とか、どこの国とかではなくて、私たちは人として大きな自然のなかで生きているのだと思っています。七大陸の山を制覇したことによって、自分の足で立っているこの場所こそが私の居場所なんだと言えるようになりました。[第2回につづく]


南谷真鈴(みなみや まりん)◎1996年12月生まれ。2016年5月にエベレストに登頂し日本人最年少記録を更新、同年7月にはデナリ登頂を果たして7大陸最高峰達成の日本人最年少記録も更新した。2017年4月、北極点に到達し、七大陸最高峰と南極点・北極点を制覇したことを示す「エクスプローラーズ・グランドスラム」達成の世界最年少記録を樹立した。早稲田大学 政治経済学部 国際政治経済学科在籍中。著書に「自分を超え続ける」(ダイヤモンド社)など。

構成=吉田彩乃 インタビュアー=谷本有香

 

あなたにおすすめ

SEE ALSO