バチカン市国、聖パオロ大聖堂。2013年3月ローマ・カトリック教会の聖地で、仏教式の読経の声が響いた。前代未聞の2つの宗教の祈りのフュージョンは、被災地へ届くのか。
(中略)『震災後1年は、たくさんのアーティストや有名人がひっきりなしに来てくれたが、今は忘れ去られたように誰も来てくれないので、寂しい』という声をよく被災地で耳にしました」
イタリアを拠点に国際的に活動するテノール歌手、榛葉昌寛はそう語る。12年に陸前高田、気仙沼、大船渡、相馬など、大きな被害を受けた地域をチャリティ・リサイタルで回った。そこで頻繁に聞かれたのが前述のような、控えめながらも、心の内に孤独と不安を忍ばせる、被災地の人々の言葉だ。(中略)
18年間、イタリアに滞在し、音楽活動を続けた自分にしかできないことがある― 。 榛葉は、本拠地イタリアで友人や音楽仲間に協力を呼びかけた。
そんな中、知人から紹介されたのが、カトリック教会の総本山、バチカン市国で大きな 発言力を持つ、ドン・シルヴァーノ・フランコラ神父だった。神父はさらに、榛葉をバチカン四大聖堂のひとつ、聖パオロ大聖堂の名誉大司教である、フランチェスコ・モンテリーズィ枢機卿に引き合わせた。
「モンテリーズィ枢機卿にお会いしてお話をすると、その場で『このプロジェクトに協力できることは、私たちにとって大変光栄なことだ』と言ってくださいました。そして、世界遺産でもある聖パオロ大聖堂での復興支援コンサー トの開催をご快諾いただいたのです」。(中略)
津波で大きな被害を受けた、陸前高田市高田高校の生徒をはじめ、被災地の大学・高校生23人をバチカンへ招き、2013年3月、東日本大震災復興支援コンサートが開催された。指揮者にダニエーレ・アジマン氏、ロッシーニ歌劇場管弦楽団ほか、第一線で活躍する演奏家を迎え、当日は教皇ベネディクト16世(当時)から犠牲者への鎮魂メッセージも寄せられた。継続することが重要と考えた関係者の努力もあり、14年3月には同大聖堂で、2回目のコンサートが開催された。
「あまり知られていませんが、イタリアも地震国です。(中略)日本のことは人ごとではない、というところがあるのだと思います」
11年3月11日、被災地の映像はイタリア の国営テレビで24時間放映された。絶望を前にして真摯に立ち向かう人々の姿は、大きなショックとともに、イタリアの人たちの脳裏に焼き付けられている、と榛葉は言う。
3回目を数える15年は、日本が舞台だ。東北の被災地をはじめ、全国各地でコンサートが開かれる。モンテリーズィ枢機卿、フランコラ神父が随行し、初来日となるロッシーニ 歌劇場管弦楽団が、モーツァルト『レクイエム』と、ロッシーニの名曲を披露する。そして特筆すべきなのは、京都にある国宝、蓮華王院 三十三間堂内の通常、一般には公開されることのない特別な間で、仏教とカトリック、両者による祈りの儀式と演奏が行われる。これは13年聖パオロ大聖堂で仏教徒の祈りを寛大に迎え入れてくれた、バチカンへの返礼の意もある。そこには国境、宗教を超えてただ純粋に不本意に命を断たれた人々への鎮魂が込められる。
しかし、ひとり身の高齢者や病気の人たち、生活が苦しい人たちがより追い込まれ、孤立を深める被災地の現実は、荘厳で美しい祈りと音楽とは、あまりにも対照的だ。
カトリック、仏教、両者による音楽と祈りは、目の前の現実の厳しさと、忘却への不安を抱える、被災地の人たちの救いとなるのか―。震災から4年を迎えるいま、再び目を向けるべき時が来た。