観る者を唸らせるコレクションでは、作品どうしが互いの作品を高め合う──。
東京近郊のN氏宅にうかがうと、いつもそう感じる。現代美術最大の巨匠のひとり、ゲルハルト・リヒター(ドイツ)の油彩・水彩・写真が大小織り交ぜて30点以上。ただあるのではない。アーティストの表現の流れをきちんと反映している。それゆえ、かえって作風の多面性も見えてくる。
かと思えば、別の一角には20世紀初頭のコンセプチュアル・アートの祖マルセル・デュシャンのボックスが展示され、美術史に影響を与え続けるそのセンセーショナルな作品のミニチュアや写真が独特な存在感を放っている。
それぞれの展示スペースにおいて、「あくまでもアートが主役」という理念が見事に貫かれている。5mはあろうかという天井高、自然光を中心とした採光、ミニマルな室内装飾、塗り直しまでして得た究極的に白い壁面……。
自然光が差し込むエントランスは写真作品のギャラリーになっている。杉本博司が捉えた光を、やわらかな光の中で眺める至福!
観ているのはアーティスト自身による作品であることは言うまでもないが、コレクターによって作品が新たな極みに引き上げられたのではと錯覚するほど、まさに美術館顔負けの空間だ。
この端倪すべからざるコレクションの主N氏は、IT長者でもなければ、流行の先端をゆくファッションブランドのオーナーでもない。85歳にして現役の眼科医である。
マルセル・デュシャンのマルチプル<トランクの箱>の前で。右は筆者。「便器もアートになる」──デュシャンの思想はN氏が現代美術に開眼するきっかけとなった。
60歳で引き込まれた現代美術の世界
N氏を10年来存じ上げているが、収集に本格的に取り組み始めたのは60歳を迎えてからという遅咲きのアート・コレクターだ。自らを「一つのことに熱中する性格」と評するN氏だが、40代の頃は、医師会役員として会議・会合に忙殺される日々だった。
印象派、カンディンスキー、モンドリアンなど、近代の美術には50代から興味を抱いていた。現代美術に深くのめり込むきっかけとなったのは、1990年代の初め、美術評論家・篠田達美の「モダンアート100年」を受講した60歳の時。「大量生産される便器でもアートになる」というデュシャンの思想に衝撃を受ける。
「100年後に評価されるアートに今触れることは、100年先を生きているのと同じ」という気づきからN氏は一気に現代美術の世界に引き込まれていった。