高額紙幣の廃止の裏にある戦略的判断
モディ首相は、就任以来、改革を強力に進めてきた。与党BJPは上院で過半数を取れていないため、改革の推進に限界があった。インドでは上院議員を州の議員が選出するため、州の議会選で勝つことが重要だが、BJPは、最近の州選挙で戦いを有利に進めている。このため、モディ政権の権力はますます固まりつつある。
こうした中で、実は、高額紙幣の廃止は、政治的にも大きな意味をもっている。
直近のインドの政治イベントにおいて最も重要視されるのは、来年3月頃に予定されるウッタル・プラデシュ州の議会選挙である。人口2億人を擁するインド最大州の選挙は、モディ政権が19年以降に2期目を目指す上でも死活的に重要であり、「天王山」ともいえる選挙であるが、高額紙幣の廃止は、BJPにとって追い風になると見られている。
なぜなら、農村でも、金利の低下により人々は恩恵を被っている上、ライバルの地域政党は現金による資金源が断たれるからである。もちろん、BJPも無傷では済まされない。しかし、BJPは他の政党よりも高額紙幣への依存が少ないといわれている。肉を切らせて骨を断つ戦術である。
このように、今回の政策は、インド経済を新たな段階に移行させるのみならず、モディ政権をさらに盤石にする意味がある。自らの政治基盤の強さを頼みに、ここぞというタイミングで行った、モディ首相の深謀遠慮に富んだ戦略的判断といえよう。
ポピュリズムの逆を行くリーダー
それにしても、長期的には国にとってプラスになるが、国民には痛みを強いる政策を実施する、というのは大変なことである。いま、世界では、欧米のような先進国においてさえ、ポピュリズムが席巻しているといわれるが、目先の利益や支持率にこだわらず、長い目で見た発展を重視するモディ首相の姿勢はそれと真逆に映る。
筆者は、インド滞在中、ゴアの空港で突然インド人から話しかけられた。彼は、ビルラというインドの財閥の系列の鉱山会社で働く、ごく普通の中流のインド人である。彼から聞いた中で、最も印象深かったのは以下の発言である。
「今までインドの政治には誰も興味がなかった。誰がやっても腐敗していて、意味がなかったから。しかしモディ首相は違った。モディ氏は、グジャラート州の首相になって、様々な公約を掲げ、実施した。その中には住民の負担を増すものもあった。ライバル候補は電力料金をタダにする、といった公約を掲げたが、モディ氏はそんな甘いことを言わなかった。電気料金は下げない、しかし、電力供給を州全体に行き渡らせることを約束する、と述べた。それは実現した。このとき、自分たちは、インドは本当に変わるんだ、と実感した。それから、みんなが政治に興味をもつようになった。モディ首相と安倍首相の仲の良さもよく知っている。今回の政策も、その意義がよく理解できる。だから、支持する」
インド経済は本当に発展するのか、ビジネスはできるのか、というのは難しい問いである。しかし、インドの人々は総じて自国の将来に対して楽観的である。誰もが言うのは、「モディ首相がいる限り、時間はかかるかもしれないが、インドは発展する」ということである。