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港区で美容室業に携わりながら、美容による途上国のイノベーションを研究中。

(Photo by David Mareuil /Anadolu Agency/Getty Images)

先日、秋の学園祭を見に行ってきた。大学を卒業するとなかなか大学キャンパスに行くチャンスはない。特に中年のオヤジが女子大生のミスコンを見に行くとなると、相当ハードルが上がってしまう。

友人の娘がミスコンに出る応援ということで、美人女子学生を拝見しつつ、その親の盛り上がりを微笑ましく思いながら、家族みんなで応援してきた。

ミスコンは一時の流行は去ったものの、それでも学園祭の花らしい。元気な美人がたくさん出てくると会場は盛り上がる。最近は見た目だけでなく特技や個性も必要とされるため、いわば“クラスの人気者”のような企画となり応援団も大勢いる。昭和の頃に大学で行われていた水着コンテストのようなものは、今では非常識の部類となってしまっている。

大人の世界でもミスコンの類はたくさんあり、アイドルなんかもオーディションで決まっていく。朝ドラの主役もコンテストの結果である。

美容やファッションはミスコンやオーディションともリンクしているビジネスであるため、それ目当てでメイクアップアーティストやスタイリストを希望する男子女子学生も多い。

ただ、僕はミスコンというと、ついエレベーターの事故を思い出してしまう。小学生の頃、住んでいたマンションのエレベーターの中に閉じ込められ、なんとなくエレベーター事故の歴史を調べていたらミスコンにたどり着いたのだ。

その昔、明治大正時代に、東京・浅草に12階建ての高層建築「凌雲閣」という建物があった。日本一の高層ビル、日本最初の展望楼として人気を博した。煉瓦造りの八角系の建物で、ここがミスコンの発祥の地なのである。

歴史の本を見ると、この凌雲閣ができたのが1890年(明治23年)。11月20日がエレベーターの日なのは、この開業日に由来する。

当時の東京も今と変わらないのか、お雇い外国人建築家の意向を無視して日本最初のエレベーターがついたそうだが、1年もたたないうちに壊れてしまい、階段で上ることになったらしい。一気に客足が引き、その起死回生のキャンペーンが日本最初の美人コンテストとなった。なんとなく浅草っ子なイメージで、“両さん”っぽい発想もいい。

12階まで上がる階段の壁には、小川一真という当時の人気写真家が撮影した100人の美人たちが貼りだされた。この写真家は日本人の誰もが思い出すあの「夏目漱石の考えるポーズ」のポートレートを撮った人物だ。一流の写真家と新橋芸者のコラボ企画で、篠山紀信の元祖のように思う。

このコンテストでは、入場者が投票し、数か月で5万票以上集まったらしい。その結果、新橋の芸者さんがコンテストの人気を独占して優勝。その後の彼女ら芸者さんの人生展開にも影響を及ぼし、企業広告にも多数出演するような新しいメディアの時代になっていく。

文=朝吹 大

 

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