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世界37カ国、700万人が愛読する経済誌の日本版

マイネット取締役副社長の嶺井政人氏(左)とメタップス取締役副社長の山崎祐一郎氏

社会人としての基礎は、外資系金融で全て学んだ-。外資系金融出身者は、多かれ少なかれ同じようなことを言う。そこは優れた人材を育てる最良の学校である、と。

本連載では、その学校を卒業し、新たな道を突き進む人々にフィーチャー。対談形式で、成功のヒントを紐解いていく。

第二弾は、メタップス取締役副社長の山崎祐一郎氏(元ドイツ証券)と、マイネット取締役副社長の嶺井政人氏(元モルガン・スタンレー証券)による「新興上場企業」対談。現在にいたるまでの原体験、選択について話を伺った。


谷本有香(モデレーター、以下、谷本):まずは、お二人の経歴について教えてください。

山崎祐一郎(以下、山崎):高校時代に渡米してアメリカの高校を卒業し、カリフォルニア大学バークレー校に進学しました。

政治に興味があったため20歳の時に休学し、2年間日本で国会議員の秘書を務めましたが、長年憧れていた孫正義さんのように起業したいという思いから政界を離れ、まず最初にコーポレートファイナンスを勉強しようとドイツ証券に入社しました。その後4年で退職し、現在はメタップスの取締役副社長を務めています。

嶺井政人(以下、嶺井):私は生まれも育ちも山口県下関市で、2003年に早稲田大学への入学に合わせて上京しました。当時、ライブドアの堀江さんやサイバーエージェント藤田社長、ソフトバンク孫社長など若くして世の中を動かしている起業家や会社がメディアを賑わせており、自分もそういった事業を作りたいという想いから起業を意識するようになりました。

自分でプログラミングをして小さなモバイルサイトを作るところから始め、在学中に会社を3つと個人事業を1つ立ち上げ、それぞれ利益が出るところまで成長させましたが、当時の私の実力では世の中を変えるほどの事業には成長させられないと感じ、卒業する前にそれらの会社は売却をしました。

進路に悩んだ時期もありましたが、「30代で再度、世の中を変えるような事業にチャレンジする」という目標を定め、20代は、10年後世の中がどう変われど事業をスケールさせるのに活きる「英語・コーポレートファイナンス・ウェブ」という普遍的なスキルを身に付ける修行期間と考え、それらを同時に学べるモルガン・スタンレー証券を選びました。その後、マイネット代表取締役社長の上原仁から声がかかって転職を決め、現在に至ります。

谷本:お二人とも学生時代からキャリアを意識し、起業を経験されているんですね。幼少期に、何か原体験があるのでしょうか。

嶺井:私は昔から少年ジャンプより日経新聞や会社四季報を好んで読む小学生でした。一言で言うと、経済好きな変わった少年でした(笑)。

今思えばどうしようもない話なんですが、小学2年生のある日、ココアと白玉団子を組み合わせたら美味しいものができると思い、大量につくって家の近くの交差点で売ってみたんです。子供心に「絶対に売れる」と。結局、2~3時間経ったところで近所のおばさんに見つかり、母親に連れ戻されましたが、これが商売を学んだ原点でした。

小学校高学年の頃には、学校で銀行の真似事をしていました。当時小学校で牛乳瓶の紙キャップ集めが流行っていたんですが、みんなが集めていた牛乳瓶の紙キャップを回収して通帳を発行し、利子をつけて返していたんです。みんな手元に持っておくとかさばるのでどんどん預けてくれるんですね。

「おお!自分の手元の紙キャップがどんどん増えていく!すごい!」なんて最初は思っていたんですが、でもあるとき利子の原資がないことに気づき、「あれ? 僕はどうやって紙キャップを増やすんだろう」と……。みんなから「引き出したい」と言われる前にキャップ集めブームが去ったので難を逃れましたが(笑)。このとき初めて銀行のビジネスモデルに興味を持ちました。

構成=華井ゆりな モデレーター=谷本有香 写真=藤井さおり

 

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