ビジネス

2016.08.08

MITメディアラボ 伊藤所長が明かす「お金」の未来予想図

MITメディアラボ第4代所長・伊藤穰一(アーロン・コトフスキー=写真)


このように、ブロックチェーンが社会の基本的な構造を変えるポテンシャルを秘めた革新的な技術であることは事実だ。ただ、過剰な期待から莫大な資金が集まっているブロックチェーンの現状を、私は危険だと思っている。

ブロックチェーンは現在、基本的な規格すら統一されておらず、技術的なインフラがまだ整っていない。ブロックチェーンの現状を、インターネットに例えるなら、まだプロバイダができていないのに、米eBayのアイデアを実現しようとしているようなものだ。

それにもかかわらず、ブロックチェーンに対して、現在までに1,000億円以上のベンチャー投資が行われている。これは、1996年頃までにインターネットへ行われた投資と、ほぼ同じペース。まだ現地点で実現不可能なアイデアが多いにもかかわらず、だ。

最近話題となったのは、イーサリアム(*4)というデジタル通貨ネットワーク上の「TheDAO」というプログラムへの投資である。DAOは「Decentralized Autonomous Organization」という意味で、プログラムが勝手に組織として動いて投資を募ったり、それがまたプログラムによって投資をしたりするというように、会社組織の動きをアルゴリズムにしてしまうものだ。

確かに、The DAOのプロジェクト自体は魅力的であるが、ブロックチェーンはまだインフラや、それを扱う法律も整っていない未発達の状態。しかしながら、投資家たちはこのプロジェクトに対して、既に1.3億ドル以上投資してしまっているーこれがブロックチェーンの憂うべき現状である。

投資家たちは、ブロックチェーンに関わるビジネスにおいて、次々と登場するベンチャー企業のチャレンジの中から革新的なサービスを生み出していくというインターネット的なビジネスモデルを想定している。しかし彼らは、インターネットとブロックチェーンの相違点に目を向けなければならない。「取りあえずやってみて、駄目だったらまたやり直してみる」というインターネット特有のアジャイルなスタイルは、ブロックチェーンビジネスには不適切で
ある。

その理由の一つとして、ネットワーク上を流通する物が、インターネットとブロックチェーンでは大きく異なることが挙げられる。ブロックチェーンによって取引されるものは、通貨、証券、不動産の所有権など、インターネット上のコンテンツや広告に比べて、金銭的価値や要求されるセキュリティーのレベルが格段に高いものばかり。そのため、マウントゴックス(*5)のように、100億円以上集めたにもかかわらず破綻してしまったというケースが頻発してしまえば、ブロックチェーンへの不信感が高まり、普及自体が進まなくなってしまうことが危惧される。

また暗号、分散型計算処理、コンセンサスシステムといったブロックチェーンやビットコインの根幹にある技術がどれも難解であることも、アジャイルな開発スタイルが通用しない理由だ。核となる技術を理解せずに、アプリケーションのレイヤーでいくら試行錯誤を繰り返したとしても、社会を変えるほどのイノベーションは起こせない。それどころか、結果として、セキュリティー面に問題のあるサービスが生まれる危険性すらある。

MITメディアラボは、ブロックチェーンやデジタル通貨の健全な発展に協力すべく、専門家を集めて「デジタル通貨イニシアチブ」という研究機関を設置している。私はこの組織での活動を含め、ビットコインやブロックチェーンのような信頼と価値のネットワークをはじめとした、オープンで相互運用可能なネットワークの未来を守るために、尽力したいと思っている。

とにかく、今、ブロックチェーンにとって重要なのは、未来をイメージして、次々ベンチャーを立ち上げることではない。どのコンセンサス・アルゴリズムを採用するのか、認証は必要か否か、セキュリティーはどうするかーまずは、インフラの仕様についての根本的な議論を重ねることが必要だ。そこから導き出した結論をもとに、テストを繰り返し、安定的なインフラを完成させるまでには、まだ何年もかかる可能性が高いだろう。

*4 イーサリアム(Ethereum)ビットコインに次ぐ取引規模を持つデジタル通貨。また、ブロックチェーンを使ったP2P型サービスを構築できるプラットフォームを目指す開発プロジェクトの総称でもある。

*5 マウントゴックス(MTGOX)2014年2月に破綻した当時世界最大のビットコイン取引所。顧客が預けていた300億円を超える資産が引き出し不能となり、ビットコインの信頼性を揺るがす大事件へと発展した。
次ページ > デジタル通貨に関する2つの道筋

文=Forbes JAPAN編集部

この記事は 「Forbes JAPAN No.25 2016年8月号(2016/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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