資産を失いプーチンに怒られた富豪は誰?[富豪のトリビア45 -Part7]

オレグ・デリパスカ(左)とプーチン大統領(右)photo by Sasha Mordovets / gettyimages

富豪たちはいかにして巨万の富を手にし、何を考え、どう使うのか。大金持ちの生態を解き明かす「45のトリビア」を、12回に分けて紹介する。第6回は転落の人生や
非業の死を遂げた富豪を紹介する。

Q プーチンに怒られた、ロシアでもっとも資産を失った富豪は?


ロシアのアルミ王、オレグ・デリパスカは、1993年にモスクワ大学物理学部を卒業してすぐにロシア・アルミ「ルサル」を設立し、次々と関連企業を買収。世界のアルミの8分の1を生産し、2008年にビリオネアの10位に登場した。プライベートジェットで来日しては箱根や湯河原に通い、寿司職人2人をモスクワに連れ帰り、ゲストハウスで働かせるほどの日本好きである。

しかし、金融危機以降、40.1億ドルを失い、最盛期に280億ドルあった資産は20.1億ドルに。また、労働争議が発生した工場をプーチン大統領が訪れ、デリパスカを幹部の前で叱りつけた。政権に近いことで隆盛を極めた新興財閥の「大恥映像」はYouTubeで晒されている。

Q 転落の人生を辿ったビリオネアは誰か?

1987年の第1回「世界のビリオネア」ランキングでは、西武鉄道創業家の堤義明がビリオネアの頂点に立った。堤は2007年までビリオネアであり続けた。だが、堤は05年に西武鉄道株式に関するインサイダー取引で逮捕された後、有罪が確定した。

パブロ・エスコバルは、コロンビア最大の麻薬密売組織「メジデン・カルテル」の創設者で、“麻薬王”として知られる大富豪。91年にコロンビアで服役した際には、サッカー場やディスコなど、エスコバル専用の豪華な設備を備えた刑務所に収監された。だが、その後93年に逃走を図り、コロンビア当局に銃殺されたとされる。

石油王として知られるポール・ゲッティの一族は、悲惨な末路を辿った。死後は遺産を巡る争いが絶えなかった。また長男のポール・ゲッティ3世は10代の頃に誘拐され、50代でドラッグ中毒により死亡。4男のゴードンは2つの家庭を持ち、その息子の1人は自宅浴室で遺体で発見されている。

Q 今年、ビリオネアが最も減った地域はどこか?

今年、「世界のビリオネアランキング」から陥落したのは221人。最も多く脱落者が出たのは中国の42人だった。これにアメリカの25人、ブラジルの23人、ロシアの19人、インドの15人が続いた。BRICsの浮き沈みの激しさが際立つ。

業種別には、ファッション・小売りが29人、製造業が25人、多角経営が24人と多かった。インド唯一の女性起業家のビリオネアだったキラン・マズムダル・ショウ、バイオエタノール分野で初めてリストに入ったルーベンス・オメットなどがリストから落ちた。
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編集 = Forbes JAPAN 編集部

この記事は 「Forbes JAPAN No.24 2016年7月号(2016/05/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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