テクノロジー

2016.03.16 10:31

チャットワークCEOのシリコンバレー奮闘記


日本でのビジネス経験が通用しない世界

山本は12年夏、シリコンバレーに家族を連れて移住し、現地法人を設立。「社長が自ら行って、現地で陣頭指揮をとらないと何も変わらない」と考えた。

だが、最初から苦労の連続だったという。会社をつくったはいいが、社員の採用や社会保険など、どう手続きすればよいのかわからない。駐在員はたくさんいても、スタートアップのCEOはほとんどいないから簡単に相談もできなかった。

「中でも苦労したのがビザ。最初にもらえる就労ビザは有効期限が1年間しかなかった。だから、その期限が切れる半年前から更新の準備をしないと。向こうへ行って家を探して、車を買って、同時にビザの準備をしながら、仕事も今まで以上にやらなきゃいけない。1年目は地獄のような毎日でした」と山本は振り返る。

進出してすぐに有名なテクノロジー展示会に出展した。サービスを試した客たちは「使ってみるよ」「メールから乗り換えたい」とおしなべて好感触だったが、なぜかユーザー数はまったく増えなかった。

「100人以上が『いいね』と言ってくれたけど、結局、表面的な返事だったんです。アメリカは日本とビジネスのルールや慣習がぜんぜん違う。自分の考え方を切り替えないと。日本での十数年のビジネス経験は、“前世”だと思うようにしています」

山本は13年、「アメリカ人の考え方を吸収する」ため、なんと現地のコミュニティカレッジに通い始める。仕事だと利害関係があって、アメリカ人の本当の姿は見えてこないからだという。

「クラスに遅刻してくる学生が何人かいて、先生は厳しく注意するのかと思って見ていたら、『君はもう来なくていいから』という感じで成績からポイントを引くんです。こっちは自己責任の世界。出席さえもポイントで釣る。これが成果主義の原点かと思いましたね」

チャットワークの顧客数は現在8万6,000社を超えるが、その9割は日本。世界市場にサービスを広げていくという当初の目論見はまだ成功しているとはいえない。その理由はどこにあると思うか、山本に尋ねてみた。

「グローバル品質のプロダクトを作り出せていないことです。日本で考えて、日本でデザインしているから、日本では売れても、世界には通用しない。でも今、サンフランシスコでデザインを一から作り直しています。これでようやくグローバル品質に追いつく」

アメリカでの戦い方が見えてきた。

増谷 康 = 文 マイケル・ショート & ラミン・ラヒミアン = 写真

この記事は 「Forbes JAPAN No.20 2016年3月号(2016/01/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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