愛知県一宮市にある私のクリニックから徒歩10数分の地にJR・私鉄の駅がある。広場には「ストリートピアノ」が設置されていて、私自身ときおり診療の合間に演奏に聴き入る。プロと見まがう女子学生に感動したり、音階を外しても平然と続けるビジネスマンにうなずいたり。
だが、このところ「音」に対する事件が続いた。ストリートピアノを巡る苦情や音のトラブルによる公民館殺傷事件。これらの出来事を前にすると、ピアノの弾けない私にもいろんな思いが去来する──。
状況で変わりうる「騒音」の定義
名古屋市の公民館でこの秋、音楽サークル活動中の夫婦が近所の男(68歳)に包丁で刺された。報道によると、容疑者の男は「日ごろから歌や楽器の騒音が気になっていた」と述べ、数年前から市に対して抗議や苦情電話を繰り返していたという。供述の「騒音」という表現が、のどに刺さる魚の小骨のように引っかかったので、定義を調べた。環境省は環境基本法に基づいて騒音の環境基準値を定めている。ポイントは昼間(午前6時から午後10時)より夜間(午後10時から翌午前6時)が10dB(デシベル)低く設定され、地域を3つに分けている点だ。(療養・社会福祉施設等のある地域の昼間50dB、住宅地域55dB、商工業中心地域60dB)。つまり、騒音に絶対的な基準はなく、状況で変わりうる。
dBは音や電力などのエネルギーの比を常用対数で表した単位で、10dBの差は10倍、20dBだと100倍。ピアノの出す音量は80~90dBで、窓を開けた地下鉄車内の音に匹敵するとされる。ちなみに日常会話は50~61dB、大声だと88~99dB(環境省の騒音に関するガイドブックより)。
日常の診察で、人の話し声が気になって困るという患者の訴えを少なからず聞く。大声だと地下鉄騒音と同じなのは予想外だった。難聴気味の私は声が大きいと言われることがあり、気をつけなくてはという思いに駆られた。
うるさいと言われて休止した、名古屋駅の「ストピ」再開
ピアノに関しては、地元の中日新聞に載った記事が記憶に残る。名古屋市がJR名古屋駅のゲートタワービル15階に設置したストリートピアノが今年3月から休止になった。理由は近くにある喫茶店の客から「うるさい」と苦情が相次いだため。設置から1年経っていなかった。ただし、同時期に設置した繁華街のアトリウムと地下鉄駅構内のピアノは利用継続しているとのことだ。
取材した記者のインタビューに高校3年の女子生徒が答えている。「練習の成果を聞いてもらえる場所だった。音楽を騒音と言われるのは悲しい」。公民館事件の容疑者と真逆だ。
記事から半年経った先日、同じゲートタワー2階の奥まった場所でストリートピアノが再開されたというフォロー記事が載った。さっそく、出かけてみた。