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世界37カ国、700万人が愛読する経済誌の日本版

AntonioGuillem / Bigstock

1994年に行われた将棋の竜王戦、第6局、羽生善治棋士と佐藤康光棋士の対戦でのこと。開始の合図があったにもかかわらず、先手である羽生棋士が、なかなか第一手を指さない。

眼を閉じ、考え込んでいる風情のまま、数分間が過ぎていく。
そして、観戦の人々がざわめき始めたとき、ようやく羽生棋士は、眼を開け、第一手を指した。

テレビでも放映された、この印象的な場面を、明確に記憶している人もいるだろう。
 
このときのことを、後日、詩人の吉増剛造氏が、羽生氏との対談で話題にした。
吉増氏から、「あのとき、迷いが出たのですか」と問われ、羽生棋士は、こう答えた。

「いえ、そうではありません。静寂がやってくるのを待っていたのです」

本来ならば、対局の前には、羽生棋士の胸の内で、指し手は定まっていたはず。
それにもかかわらず、この重要な対局においては、敢えて、心に「静寂」がやってくるのを待ち、第一手を指した。
 
この羽生棋士のエピソードを聞いて、熟練の経営者やマネジャーならば、この場面で、羽生棋士が「静寂」を待った意味が、理解できるだろう。
 
そして、過去の経営やマネジメントにおける重要な意思決定の場面を思い起こし、そのときの失敗を思い出す人もいるだろう。
 
ビジネスの正念場において、重要な決断や意思決定が求められる場面。単なる情報分析や論理思考では、答えの見えない状況。自分の直観にすべてを委ねるしかない瞬間。
 
そうしたとき、心の中に、焦りや苛立ち、不安や恐れ、怒りや憤りなどがあったため、心が騒ぎ、直観が働かず、判断を誤ってしまった。そうした失敗の場面を思い出す人もいるだろう。
 
将棋の大勝負だけでなく、ビジネスの正念場においても、重要な決断や意思決定の瞬間には、我々に、深い「直観力」が求められる。
 
しかし、その深い「直観力」が働くためには、何よりも、深い「静寂心」が求められる。
この羽生棋士のエピソードは、経営者やマネジャーに、そのことの大切さを教えている。
 
では、いかにすれば、我々は、その「静寂心」を身につけることができるのか?
 
世の中には、一つの誤解がある。
心の中の焦りや苛立ち、不安や恐れ、怒りや憤りを静めるためには、深呼吸をするなどして、心を落ち着ける、心を静める。世の中では、しばしば、そうした素朴な技法が語られる。
 
しかし、我々の心というものは、恐ろしいほどに「天邪鬼」。焦りや苛立ち、不安や恐れ、怒りや憤りというものは、それを静めようとすればするほど、逆に、増大していく。
 
では、どうすればよいのか?その「天邪鬼」の心に、どう処すればよいのか?
我々が為し得ることは、ただ一つ。

静かに見つめる。

 
自分の心の中の焦りや苛立ち、不安や恐れ、怒りや憤りの感情を、決して、抑えようとせず、静めようとせず、ただ、静かに見つめる。
 
心の中に「焦り」があるとき、「焦るな」と念じるのではなく、「ああ、自分の心の中には、いま、焦りがある」と、静かに見つめる。
 
それをするならば、自ずと、心の中に「静寂」がやってくる。そして、その「静寂」の中で、聞こえてくる声が、自分の奥深くの「直観」の声。
 
経営者が身につけるべき「静寂心」とは、畢竟、その「心を静かに見つめる力」に他ならない。

文 = 田坂広志

 

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