筆者は、エノテカの那須のセラーに、400本ほどワインを持っているワイン好きです。しかし、ある方にワインの薫陶を受けるまで、ほとんどワインは飲みませんでした。
大学生の頃、筆者のお酒の師匠は、下北沢のブルースバー「Stomp」のオーナー故正井芳幸氏でした。ブルース界で知らない人がいない、ミュージシャンたちに慕われ、バンドのマネージャーや音楽事務所的な活動もされていました(Stompはブルース歌手の近藤房之助氏が引き継いだが、すでに閉店)。
Stompではウォッカがメイン。ウォッカは値段も手頃で、強いから安く酔える。そこではCrazy Rolling Productionなる大学の先輩や仲間とやっていた活動の議論をたたかわせ、時には正井さんの話に耳を傾け、といった、単にモノとしての酒を飲む場ではありませんでした。正井さんは、僕たちの活動の応援もしてくれました。その場にいる喜びとともに、何かつかもう、前に進もうという気持ちが育まれた記憶があります。
その頃は、居酒屋のワインは安いけどうまくない記憶があり、ワインに興味は持てませんでした。大学を卒業してボストンコンサルティンググループ勤務の頃は、激務過ぎて、お酒を楽しむ余裕も体力もありませんでした。
MBAパブ、そして大川氏から受けた「赤ワインの薫陶」
米国ペンシルベニア大学ウォートンスクール留学中は、友達づくりのため、毎週一回学生が自治運営するMBAパブなる場にほぼ皆勤賞で参加し、ビールとピザで下手な英語で懸命に話していました。このおかげで、いまや英語で人を笑わせることができます。卒業後の米コンピューターサイエンスコーポレーションでは、これも激務で、米国での仕事ストレスもあり、あまりお酒を楽しめませんでした。
その後、CSKの大川功社長付になってから、しょっちゅう赤ワインを飲まされ、ある日「これはとてもおいしい」と開眼したのです。大川氏はすごい資産家でしたが、五代シャトーとかブランドが立った高値の花のワインでなく、米国のベリンジャーのカベルネソーヴィニヨンのプライベートリザーブ(以降ベリンジャー)がメイン。ワイナリーから、そんなに一人でたくさん買わないでくれと連絡があったほど、大川氏は大量に買っていました。
かつて数十ドル代の前半だったベリンジャーは、筆者が大川会長付の頃は1万円ほどになり、今は150ドルほどします。
もちろん毎日のように飲んでいましたが(お店にも持ち込み)、宴席に参加の皆さんに振舞い、これ美味しいですね、どこで買えますか?とベリンジャーに惚れた方には1ケース(12本)をプレゼントしたり。なお、セガのドリームキャストの発表パーティーでは、参加者全員に1本お土産に渡しましたが、ベリンジャーでは数が足りず米ロバートモンダヴィのカベルネ・リザーブでした。
こうして、大川氏=ベリンジャーというブランディングとなったわけですが、資産家ならもっと高価なワインをと思う方もいるでしょう。しかし、大川氏は「ベリンジャーうまいやろ」という推し言葉とともに、「より高価なワインとベリンジャーを比べて優劣を言える人はそういない」「そんな値段や名前だけでワインを選ぶより、これだけ良いワインを見出すことが大切だ」「そしてアンチ・エスタブリッシュメントでカリフォルニア発を選べ」と起業家的に伝えていた気がします。また何より、大川氏はワインを人とのつながりのツールにしていたのが肝要な点です。