これは、慶應義塾大学の五十棲浩二氏、サイバーエージェントの伊藤寛武氏と私が、埼玉県の公立小・中学校の学力調査のデータを用いて作成したものです。
図1の第5分位(中央値)を見てください。これを見ると、県内共通の学力調査で同じ点数を取ったとしても、学内の順位でトップ層に位置する児童・生徒もいれば、最下位すれすれの児童・生徒もいるということがわかります。
公立学校であったとしても、学校によって、平均的な学力が高い学校と低い学校があります。このため、同じ実力でも、周囲の同級生の学力が高い学校に入学したら自分の順位は低くなり、逆に周囲の同級生の学力が低いと自分の順位は高くなるということが生じているのです。
私たちの研究グループは、この状況を利用して、小学校のときの学内順位が中学校入学後の学力に影響を与えているかどうかを調べてみました。
そうすると、小学校のときに、県内共通の学力調査でまったく同じ点数だったとしても、学内の順位が1位だった児童は、別の学校で順位が最下位だった児童と比較すると、中学校での数学の学力テストの偏差値が2.1~6.2、国語が3.1~6.2も高くなっていることがわかりました(*1)。
この影響には異質性があります。順位が与える影響は、女子よりも男子に大きく、平均的な学力が高い学校のほうが大きくなっています。また、小学校の順位は国語や算数で決まっているにもかかわらず、中学校時点の英語の学力にプラスの影響を及ぼしていました。
経済学や心理学では、ごく身近にいる人とのみ比較することで、自分の能力を誤って見積もってしまうことを「井の中の蛙効果」と呼んでいます。ここで生じていることは、まさに井の中の蛙効果と言えそうです。
これは日本だけで起こっているのでしょうか。実は、イギリス、アメリカのテキサス州、中国のデータを使った研究でもほとんど同じ結果になっています。効果の有無だけでなく、順位が学力に与える影響の大きさもほとんど同じですから、井の中の蛙効果は、必ずしも日本だけで生じているわけではないことがわかります。
小学校の学内順位は最終学歴や将来の収入にまで影響する
順位の影響は長期に及びます。アメリカのテキサス州の全公立小・中学校の児童・生徒、約300万人の行政記録情報を用いて行われた研究は有名です。
この研究は、小学3年生のときの学内順位が、中学校入学後の学力だけでなく、大学進学率、将来の年収にまで影響することを明らかにしています。
たとえば、小学3年生のときに、州内共通の学力テストでまったく同じ点数だったとしても、クラス内の順位が最下位だった児童は、別の学校で順位が真ん中くらいだった児童と比較すると、23~27歳時点の年収が平均で約18万~38万円(1200~2500ドル)も低くなるということです。
またアメリカのウィスコンシン州の3000人の男子高校生のデータを用いた研究では、高校生のときの成績順位が53歳時点の収入にまで影響することが示されています。
成績順位の影響は、学歴や収入にとどまらず、日常的な生活態度や行動にまで波及します。高校生のときの成績順位が低いと、未成年での喫煙や飲酒をしたり、避妊をしない性行為、暴力行為に及ぶ確率が高まることがわかっています。また、勤勉性などの性格的な特徴、メンタルヘルスにまで影響を与えるということです。
(本原稿は、『科学的根拠(エビデンス)で子育て』からの抜粋を編集したものである)