小山薫堂(以下、小山):NOT A HOTELは、現在、何棟になりましたか。
濵渦伸次(以下、濱渦):販売中も含めると那須、青島、福岡、北軽井沢、水上、石垣島、瀬戸内、東京で、合計29棟44室です。石垣島は1棟45億円だったので、さすがに売れないかもと心配しましたが、おかげさまで1期、2期とも1日で完売しました。
小山:成功の理由は、CGとは思えないほど完成度の高いコンセプトブックの存在が大きいと思うのですが、いかがですか。
濵渦:ええ、事前のCGで9割は開業前に売れています。CGってだいたい“盛る”じゃないですか。僕らは例えばコンクリートのマテリアルを表現するときも、建築のマテリアル会社が出している反射率などをすべて考慮して制作する。だから嘘がないんです。1冊つくるだけで数千万円はかかるけれど。その一方で、CG先行で建物を販売するということは、事前の投資は建築家の設計費とCGの制作費しか必要ない。土地は投資家にもってもらっているので、「売れなかったら建てない」というギリギリのラインを攻められます。
小山:そのアイデアはどこから?
濵渦:ZOZOです。ZOZOも洋服は仕入れず、ブランドから貸与してもらい、撮影して、売れたらブランドから送る。そのモデルを、不動産やホテルでできたらなと。
小山:建築家も谷尻誠さん、藤本壮介さん、ビャルケ・インゲルスさんなど、錚々たるメンバーをおさえていますね。
濵渦:社内にも建築士が30人いて、CGもみんなつくれます。
小山:つまり、看板の建築家がいて、彼らを30人の建築士がサポートするんですか。建築家ご本人の描いたスケッチみたいなものをもらって?
濱渦:ええ。PM業務(物件に直接かかわる管理業務)や設計業務の一部は、社内の建築士で行っています。通常のホテル開発だと、土地を買ってから設計期間まで2、3年、そこから建て始めるので合計5年くらいかかるけれど、僕らは2年とか、半分以下の時間で完成するんですね。そこが僕らのビジネスの肝。それと、売れなかったら建てないので、建築自体も攻められる。予算を坪いくらで収めてほしいというオーダーではなく、自由につくれるので、建築家の皆さんにも楽しんでいただいています。
小山:いわば、建築家や投資家のクレジットという信用をもち寄って先に販売するという初めてのモデルなわけですね。
常識を覆すフォーマット
濱渦:僕、理想のホテルをつくるだけではダメだ、よほど工夫しないとと思ってNOT A HOTELという名前をヤケクソでつけましたが、「NOT A ◯◯」というフォーマットはものすごく良いなと思うんです。小山:いってみれば、ここ「blank」も、NOT A RESTAURANTですからね。
濵渦:ええ。否定しているようで、常識を覆すイノベーティブなフォーマットになり得るなと。それで、BUSとかOFFICEとかいろんな商標をとりまくっています。薫堂さんなら何をやりたいですか。
小山:NOT A STADIUM。素晴らしい音響とシートの座り心地と美味しい食事を兼ね備えたスタジアム。あとMUSEUMかな。
濵渦:僕はお墓もいいなと。AIで昔の写真を喋らせることができる時代だから、「NOT A GRAVE」アプリを開いて、空にかざすと、故人と話せるとか。
小山:すごくいい! 僕、自分にとっての最高のサプライズの舞台は、自分の葬式だと思うんです。みんなにどんなメッセージを送るかとか、そういう演出をしてから死にたいなと。もしそういうアプリがあったら、老後は表示されるメッセージを日ごろから書き溜めておくとか、いい写真を撮って過ごしたいですね。では、NOT A HOTEL本体での違った展開は考えていますか。
濵渦:僕が選んでいるのは、ポテンシャルはあるけれど、ブランド価値はまだないような場所ばかりなんです。宮崎の青島も、NOT A HOTELが完成したあとに、県内の地価の上昇率が2年連続で上がって、1位になって。
小山:まさにNOT A HOTELがあることで地域に貢献できたと。
濵渦:ええ。日本は人口が減り、文化に対する投資もせず、どんどん縮小していくけれど、それこそ日本酒や土地のような宝物がたくさんある。まずはNOT A HOTELを全国の注目されていない原石のような土地に建てて、価値を間接的に上げていきたいですね。
今月の一皿

濵渦氏の思い出の一皿「カレーライス」に合わせ、小山の好物でもある岩手県産の「天然松茸のフライ」をチョイス。
blank

都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。
濵渦伸次◎1983年、宮崎県生まれ。都城工業高等専門学校電気工学科を卒業後、2007年にアラタナを設立。15年、スタートトゥデイ(現ZOZO)に売却し、グループに参画。ZOZOテクノロジーズ取締役を兼任し、20年に退社。同年4月、NOT A HOTELを創業。
小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。