東京大学FoundXで東京大学 未来ビジョン研究センター教授の江守正多によると、特に「気候変動関連死」の増加につながる「ソーシャル・ティッピング・ポイント」に目を向ける必要があるという。
2020年代に入り、地球のさまざまな場所で気候変動問題のティッピング・ポイント(臨界点)を超えることが危惧されるようになった。これを超えると、大規模かつ急激で不可逆的な変化が引き起こされる可能性がある。例えばグリーンランドの氷床や西南極氷床の崩壊、永久凍土の広い範囲での融解、熱帯のサンゴ礁の死滅などだ。
江守正多によると、注目すべきは悪循環が起きること。例えばグリーンランドの場合、温暖化の影響で氷が解けると表面高度が下がる。高度が下がって暖かい水面に近づくと、もっと解けてさらに高度が下がる。こうして悪循環に陥り、解けるスピードが加速して大崩壊につながる。
第二次トランプ政権が誕生した25年は、こうした物理的なティッピング・ポイントだけでなく、社会的な“ソーシャル・ティッピング・ポイント”にも目を向ける必要がある。トランプ政権は温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」から再離脱したが、これが悪循環の引き金になる可能性がある。
「米国の方針転換によって気候変動が進むと、気候難民が増加します。特に発展途上国では干ばつや洪水、山火事、海面上昇などが発生しやすく、難民たちが先進国に押し寄せてきます。そこで難民を受け入れたくない自国第一主義の政権が増えていけば、どこかでソーシャル・ティッピング・ポイントを超える。世界が協力して温暖化を止めることを諦めてしまうのです」
悪循環の先には、気候変動関連死の増加が待っている。江守によると、たった4℃の気温上昇でも、低緯度域では1年のうち300日以上は熱中症で死の危険性があるような温度・湿度になる。日本でも相当な被害が出るという。こうした悪循環をいかに断ち切るか。江守は「長期的な視点をもってください」と呼びかける。
「脱炭素を進めるためには、長期的で継続的なインフラ投資が必要になります。なので、米国のように4年ごとに方針が変わると困るのですが……。企業はここで足踏みするのではなく、4年後の政権交代に備えて対策を進めてほしいです」
また、すでに世界中で進んでいるように、再生可能エネルギーなど脱炭素につながる商品・サービスがより安く便利になれば、市場の原理で自然に普及していく。そうしたポジティブなソーシャル・ティッピング・ポイントにも注目だ。
えもり・せいた◎東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程修了。博士(学術)。1997年に国立環境研究所に入所。同研究所 気候変動リスク評価研究室長などを経て、2022年より東京大学 未来ビジョン研究センター教授。