「“いのちの未来”です。それ以外にないですね」木々が色づきはじめた大阪大学のキャンパスで「2025年のキーワード」を尋ねると、ロボット工学の世界的権威である石黒浩はこう答えた。

アバター(遠隔操作ロボット)と人間との共生社会を目指して、アバターや知能ロボットの研究開発に従事してきた石黒。20年には国のムーンショット型研究開発事業のプロジェクトマネージャーに就任し「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会の実現」に取り組む。また、21年にはアバターの社会実装を目指す「AVITA」を創業した。
6カ月にわたって開催される大阪万博では、こうした知見を生かして約50体のロボットやアンドロイドを展示し、50年後の社会や人々の暮らしを表現する。来館者にはそれを体感してもらうことで、高度なテクノロジーを手にした人間の未来を考える機会を提供する。石黒は、こうした展示を通して発信する“いのちの未来”について、次のように説明する。
「歴史をさかのぼれば、肌の色や出自、障害、病気などを理由に社会から隔てられ、まるで“いのちがない”かのように扱われる人々が多くいました。そういった意味では、女性だって社会に参加できない時代があり、“いのちがない”に等しかった。それが現代では、すべての人に人権が認められ、かつ実際に労働や他者とのかかわり合いのなかで社会参加することで、多くの人々が“いのちあるもの”となりました。ですから、こうした流れの延長線上で、社会参加するアバターに“いのち”を認めることは、十分に考えられます」
将来的にはアバターと人間との境界がなくなり、いのちの定義が変わる。石黒はそう考えている。

日本ではすでに、対話を通じてサービスを行う接客や相談、受付業務などでのアバターの活用は当たり前になりつつある。また、高齢者や身体障害者が、アバターを使うことで肉体的な制約を超えて接客業で活躍する事例も増えている。
「近い将来には、国を超えて働くことも珍しくなくなるかもしれません。日本では深夜時間帯の接客業の働き手不足が課題になっていて、24時間営業のコンビニなどがやむなく店を閉めるケースも見られるようになりました。そこで、例えばブラジル在住の人にアバターで接客してもらう方法があります。向こうは日本の夜が昼間にあたるので働きやすい。すでに実証実験も始まっています」