AI時代における「人間くさい」ビジネスの価値
物語の肝となるアーセナルの事業内容も、甲斐の人物像が明確になった後、「彼と一緒に考えていった」という。それは「SQUARE」と名付けられた仮想空間の運営だ。悩みを抱いていたり助けを求めたりする人がインターネット上のルームを訪れてメッセージを残すと、他のユーザーが自由に感想やアドバイスを送れるというサービスだ。差別的・暴力的な表現や揶揄や侮蔑を含む意見はAIの機能によって弾かれ、本人の目には届かないシステムになっている。
これは、あさの自身が「10代の“私”だったら欲しかった」と言うサービス。
「10代のときに必要だったのは、お説教や『こう進めばいいんだよ』と道を指し示してくれる言葉ではなく、自分に一番必要なリアルな情報を、押しつけでなく受け取れる場かなと思ったんです。あるいは、自分の思いを遠慮なく、そして傷つけられることなく吐露できる場かなって。人間の一番柔らかいところにつながれる場を、ネット上でうまくつくることができないかなと考えていきました」
実際に作中では、友人関係で悩んだり部屋から出られなかったりする人に向けて、「本」や「体操」を紹介するなど、些細ながら温かいやり取りが描かれる。AI技術が進化する現代においても、心の奥底にある言葉にならない感情を汲み取り、寄り添い、解決の糸口を見つけることは人間にしかできない。アーセナルの事業では、そうした人間ならではのぬくもり生かした。
「ビジネスというと、どこか機械的な冷たさがあったり、利便性や効率化が重視されて数字を求められる場面もあったりすると思うんです。でも、生身の人間を相手に商売をしている以上は、人間くさいものが根底にあるからこそ成り立つはず。人の精神性や肉体を抜きにしたビジネスはあり得ないと思っています」
フィクションとはいえ、リアリティのないビジネスモデルでは、読者も感情移入できない。アーセナルの収益の上げ方や資金繰りについては、まさに起業家と同じように悩み考え抜いた。
「収益性を脇に置いておいて、理想ばかり肥大させてしまったらただの夢物語に終わってしまう。成功する可能性があるかもしれない、と思えるくらいのところまでリアルは追求したつもりです。経営者の方にとったら『すごく単純なビジネスだな』と思われるかもしれません。でも、真の起業家の方たちは必死で頑張っている他人を笑うことはしないと思うんです。甲斐たちの奮闘をどう受け止めてくださるか興味がありますね」