一人の日本人が立ち上がった
このままでは数年後に良質なコーヒー豆が手に入らなくなる。そんな危機感から一人の日本人が立ち上がった。
タリーズコーヒージャパンのコーヒーバイヤー(現・伊藤園原料部副部長)を務める南川剛士だ。南川は、大学生の頃から無類のコーヒー好き。大学時代に旅行で訪れた神戸で喫茶店のコーヒーと店の雰囲気に感動し、コーヒーにまつわる仕事を目指したが叶わず、最初に就職したのは食品会社だった。
しかし、コーヒーへの憧れを諦められず、3年半働き、資金を貯めたのちに退社。その資金を手に、観光ビザでブラジルに渡り、現地の農園や流通ルート、輸出状況、テイスティングなどを自ら学んだ。当初は、自身の店を日本で開業するのが目的だったものの、帰国後はタリーズコーヒージャパンに入社し、拡大する同社の国内カフェ事業を支えてきた。
「2050年問題」により、良質なコーヒー豆を入手する事が難しくなっている。コーヒーの品質の推移は長年の定点観測から、その品質が少しずつ落ちていることを南川自身も体感してきた。
そこで南川は、「自分たちがコーヒー産地に深く入り込み、農家と一緒に品質向上に取り組んでいくしかない」と考え、生産地へ定期的に足を運び、生産者や農協輸出業者との信頼関係を強く結び、 さまざまな取り組みを行う。コスタリカ「マイクロロット(少量生産)プロジェクト」や、グァテマラ「カッピングコンテスト」、ペルー発の「接ぎ木プロジェクト」だ。
コスタリカ「マイクロロットプロジェクト」は、少量生産者が精魂込めて生産した高品質のコーヒー豆を小ロットで製造し、販売する取り組みだ。このプロジェクトの背景には、生産者が真面目に取り組んでも品質が落ちるケースが増え、需要の増加と共に良質なコーヒーの生産が難しくなっているという課題がある。各ロットは数百㎏から2,000kg前後と少量であるため、全国展開は難しく、地域ごとに異なるロットで製造販売されている。
次に、「カッピングコンテスト」は2008年からグァテマラの農協と協力して開催している。このコンテストの目的は、優れた品質のコーヒー豆を発掘し、生産者の品質向上へのモチベーションを高め、さらには生産者の生活向上に貢献することだ。優れた豆を出品した農協には賞金を出す。このコンテストは、グァテマラ国内でも高い評判を得ており、地元の新聞でも取り上げられることがある。
ペルーで展開する「接ぎ木プロジェクト」は、センフロカフェ農協とともに2019年に開始した。同国では、絶滅寸前のアラビカ種「ティピカ種」を主にコーヒー生産が行われてきたが、2012年以降のさび病のまん延により、さび病耐性のあるハイブリッド種への植え替えが進んだという。
このティピカ種を後世まで残したいという思いから、病虫害に強いロブスタ種の根を組み合わせる日本発祥の接ぎ木の技術が採用された。一本ずつ手作業で行い、手間のかかる方法だが、テスト栽培の結果は良好で、初収穫を迎えたコーヒー豆は2024年5月に初めてタリーズコーヒーショップの店頭に数量限定で並んだ。2024年10月以降はティピカ種を含む3品種を10ヘクタールの農地に植え始めた。