ライフスタイル

2024.11.01 15:15

現役看護師の僧侶が考える「死の意味」「別れの時間のあり方」

医療用麻薬で「眠る」ことを選択

どの部分で看取りの過程を切り取るかにもよりますが、最後は穏やかに亡くなることができた方もいます。がんが全身に転移した60代の女性の話です。

積極的に治療するかしないか、ずっと悩んでいましたが、最終的に彼女は治療しないと決めました。ただ、あまり残された時間も多くないというのに、その悩む期間が長く、3カ月も悩んでいました。

この時期に3カ月というのは本当に大変な時間で、もし仮に3カ月後に「やっぱり治療します」と 決断しても、もう治療をするのは無理な場合が多いのです。

それだけ病気は進行してしまっており、3カ月前と同じではありません。医師から言われて、「ちょっと考えておきます」と答えても、考える時間が充分にあるとは限らないのです。

治療すべきかしないべきか、悩んでいる間にも病気は進行していたのですから、医師のほうも、もう現時点では治療は無理だろうと考え、緩和ケアの話を何回もしていました。「もうこのまま痛みだけを取っていきましょう」という話を何度もしていたのですが、本人の耳にはほとんど入りません。頭のなかの選択肢が治療すべきかしないべきかの二択で固まってしまっていたのです。

最後の最後で、折り合いをつけて、大変時間はかかりましたが、治療はしない方向で納得されました。ですが、だからといって、彼女が死の恐怖から解放されていたかというと、そうではありません。彼女の場合、「死んだらどうなるんだろう」「死ぬってどういうことなんだろう」という怖さと不安を、最後までかかえていました。

Getty Images

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身体が変化していくことは納得できても、いざ死に向かうと、漠然とした不安に怯えるものです。また彼女は、「これからもっと苦しくなるのかな、痛くなるのかな」と苦痛に対する心配もとても大きなものでした。

そこで、医師から「少し眠る?」と、モルヒネを使ってセデーションをかける(鎮静剤を投与して 意識レベルを下げること)かどうか、提案が出されました。これをすれば楽になる一方で、会話は難しくなります。

彼女のご長男は「まだ、歩いてトイレにも行けるし、話もできる。まだ早いよ、もうちょっと頑張れるよ」とおっしゃっていたけれども、本人は「いや、もう眠ります」と意思を固められました。

医療用麻薬を投与し、あとは眠ったまま過ごし、静かに亡くなりました。

家族からしてみれば、セデーションをかけなければ、あと1週間から2週間は一緒にお話をすることができたでしょう。でも最終的にはご家族も納得して、お母様の言うとおりにしました。

これもひとつのありうべき選択だと思います。あのまま意識がはっきりしていれば、最後の最後まで死の恐怖と痛みに怯え続け、考え込まなくてはならなかったのですから。

家族にとってのお別れの時間

医療用麻薬を使って眠らせることを、医師たちはソフトランディングという呼び方をしたりします。みんながみんな、死を最後まで見つめて、向き合って、考え尽くして、受け入れるなんてことができるわけではありません。やはり考えたところでつらいだけだということもあります。

ですからこういう選択をすることも、ありだと思います。それ以前に、良い悪いなんて誰にも言えません。



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