取り残されてきた「中堅」
一方で、学術会に目を向けてみると、中堅企業を専門としている経営学者はほとんどいない。中小企業と大企業に特化した研究論文は多数あるが、中堅だけが取り残されている。つまり、中堅企業の担う役割が重要な時代になってきたにもかかわらず、その成長戦略に関する知見やノウハウは蓄積・共有されていない。今回の特集を組んだ狙いは、まさにそこにある。一定規模に発展した企業が、新たな成長曲線を描き、さらに飛躍するためには何が必要か。実際にそれを体現している企業や経営者の共通点とは何か。編集部では、これを「新・ブレイクスルーの法則」と定義し、実例をもとにその手がかりを探ることにした。
取材を通じて、「新・ブレイクスルー」を起こす経営者の共通点がいくつか浮かび上がってきた。まずは、強力なアントレプレナーシップである。「時価総額1兆円を超える」「自社の事業領域で世界トップになる」など、視座の高い目標と明確な経営理念を掲げ、社内に浸透させている。例えば、「日本を代表する企業(上場企業で時価総額トップ100)」を目指すラクスの中村崇則は、「ゴールオリエンテッド」というカルチャーを明文化し、全社員が設定したゴールから逆算した計画や行動をとる風土を形成。また、レーザーテックの岡林理は「世の中にないものをつくり、世の中のためになるものをつくる」という経営理念を貫き、世界初のEUV(極端紫外線)マスク検査装置を開発した。
ふたつ目は、「周辺視野の広さ」だ。顧客や取引先、従業員、株主といった既存のステークホルダーだけでなく、一見してまったく関係ない業界など、外部から積極的に情報を収集して得た「気づき」を事業の新展開に生かしている。エアウィーヴの高岡本州は、パリオリンピックのオフィシャル寝具サポーター契約にあたってパリ・オペラ座バレエ学校の寮への導入実績をアピール材料にしたが、バレエ学校というアプローチを思いついたのは、子どもの小学校行事にPTA会長として参加したことがきっかけだった。
3つ目は、尖った人材を戦略的に活用していることだ。世界的ヒットゲーム「パルワールド」を生み出したポケットペアの溝部拓郎は、コンビニ店員をしていた銃のリロードモーションの動画マニアや、他社の面接に100回近く落ちたが豊かな感性と作業スピードをもつアーティストなどをSNSで発掘し、彼らに仕事を任せきったことで作品を完成させた。
そして、忍耐力とひたむきさだ。「新・ブレイクスルー」を起こした経営者たちは、時間をかけて地道に下地を整えてきた。レーザーテックの岡林が「EUVの時代が来た」と確信を得たのは、検査装置の開発に着手してから8年後。ラクスが「楽楽精算」を発売したのは09年だが、中村が本格的な手応えを感じ始めたのは17年だった。成長曲線は一朝一夕では描けない。千里の道も一歩からだ。