「俺はOBとして情けないよ」。嘆くのは学生時代からの友人である。「母校から盛んに通知やら案内が来るが、どれも寄付をくればかりだ。大学はいつから集金屋になっちまったんだ?」。地方国大教員の経験がある私に言わせると「そりゃ大学を非難してもかわいそうだ。そこまで追い込んでしまった政策があるんだよ」である。
20年前に国立大学を法人化すると、以降、国からの運営費交付金が減らされ続けた。法人化後、交付金は2割、2000億円減少した。正規教員の報酬は減らされ、企業等の助成で賄う〇〇教授という名の「代用教員」が増えた。若手の博士号保持者は就職先に難渋している。
半面で、教員たちは寄付や共同研究という外部資金集めに時間と手間を割いている。研究や教育より資金集めに苦労するのが彼らの実態ではないか。
これでは何のための大学かわからなくなる。法人化前の国立大が閉鎖的で非効率という問題を抱えていたのは事実で、法人化がこれらを相当程度解決したことは間違いない。しかし肝心の研究・教育レベルは法人化前より向上したであろうか。以前よりも多くのノーベル賞級の学者を輩出し、グローバルに通用する優秀な若者を数多く育てているだろうか。
授業料値上げ問題は今後有識者等によって検討される。その場合、授業料の是非論だけに終始するのではなく、大学、とくに「国立」というものの在り方と位置づけを、根本に立ち返って議論してほしい。それなしの値上げ論だけでは問題の本質を先送りするばかりとなる。
川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。東京大学工学部アドバイザリー・ボードを兼務。