水面下にあった「巨大マーケット」
取材時、創業者の山田進太郎氏の話で、合点がいったのが冒頭のセリフである。
「既存の流通を破壊しているのではありません。イメージとしては飛行機のLCCに近いです」
──格安航空のことですか?
そう尋ねると、彼はこう続けた。
「格安に海外旅行ができるようになり、今まで旅行しなかった人たちが、旅行できるようになったんです。宿泊の概念を変えたAirbnbも、タクシーのUberもそうですが、需要を爆発的に下に拡大しているのです。僕らはヤフオクさんとよく比較されますが、ヤフオクさんは年間取扱高が7000億円と巨大で、僕らがそのユーザーを奪っているかというと、違います。巨大なピラミッドを見たとき、水面にでているのがヤフオクさんで、水面下には誰も気づかない巨大なマーケットがあったのです」
5大陸を一人で旅してまわった彼らしい言葉だった。
世界の大半の人は、自分の住んでいる土地を一歩も出たことがない。海外旅行など夢のまた夢。私の親の世代もそうで、私の母親は海外どころか飛行機にすら乗ったことがなかった。しかし、人々の人生に想像しなかった体験を与えたのが、LCCだ。
大量生産によって供給される新商品を買うのではなく、中古を融通しあう市場をつくる。それは現状の流通を侵食するものではないと彼は言ったのだ。
「軒先を貸す」ビジネスモデル、プリミティブにして斬新
彼の話を聞き、2つのことを思い出した。一つは回転寿司である。
ある日、大手外食チェーンの社長と話していると、彼は最近、回転寿司店を買収したと言った。
「回転寿司こそイノベーションですよ。誰もが寿司を食べられるようになったんですから」
──なるほど寿司なんて、昔はハレの日だけでしたからね。だったら、ファミリーレストランもそうですよねと私は返していた。
1970年に創業し、ファミリーレストランという業態を生み出したのが「すかいらーく」である。すかいらーくを創業した横川4兄弟のひとり、横川竟さんから、以前、長期間にわたり半生を聞かせていただいたことがあった。
半世紀以上も前、ファミレスの登場が衝撃だったのは、「ホテルの味を半額で」というキャッチフレーズでわかるように、馴染みが薄かった洋食メニューを大衆化させたことである。ハンバーグステーキ、ピザパイ、アスパラガスのグリーンサラダ、仔牛のステーキ、ドリア、グラタン……。
外食の新たな業態をつくり出せたのは、新たな仕組みと技術の登場があったからだ。チェーンストア形式という方法、生産地と直接取り引きをしてメニュー化するマーチャンダイザーという役割、そしてセントラルキッチンやチルド配送などの技術。そこにモータリゼーションの波が到来。一般家庭が「マイカー」を所有する時代が重なり、街道沿いにあるファミリーレストランに家族で食事に行く文化が生まれたのだ。
「食べる」という普遍的な行為に、技術や仕組みを導入したことで、回転寿司やファミレスが誕生。巨大なピラミッドの頂上付近のサービスだったものを一気に拡大させて、日常の当たり前の風景にしたのである。