この店では、内蒙古系の店では見たことがない料理がいくつかあった。たとえば、羊の胃袋で肉を包んだボーズ「グゼーニボーズ(Гүзээний бууз)」がそうで、筆者はこの店で初めて食べた。なかなかキョーレツな味で、強いモンゴルウォッカが欲しくなる。
この店の羊のスープ「ビトゥーショル(битүү шөл)」は、スープが入った器の上に小麦粉の皮が覆われている。また「ザルフーボーズ(залхуу бууз)」は、羊のひき肉を1枚の小麦皮に包んで蒸したものをあとでカットするモンゴルの家庭料理だそうだ。
面白いと思ったのは、ロシア風のポテトサラダ「ニースレスサラト(нийслэл салат)」がメニューにあることだ。このことからモンゴル国の食文化にはロシアの影響があることがわかる。
華人好みのメニュー内蒙古系
次に内蒙古系の店について紹介してみよう。よく知られているのは、巣鴨の老舗料理店「シリンゴル」で、都内で最初のモンゴル料理店とされている。この店では、おなじみモンゴル水餃子「ボーズ(Бууз)」や羊肉の塩茹で「チャンサンマハ(чанасан мах)」を注文した。味つけには現代の中華料理である「ガチ中華」のテイストはあまり感じられなかった。
もうひとつの老舗は、幡ヶ谷の「青空」だろう。内蒙古自治区東部出身の賽西雅拉図(サイセイガロウズ)さんが約20年前に始めた店だ。訪ねた日、筆者は疲れ気味であまり食欲がなかったので、羊粥を注文したところ、身体が楽になったことをおぼえている。
羊のスープやうどんは、どの店にもあるが、羊粥は内蒙古系にはあっても、ウランバートル系にはなさそうだ。そして、この内蒙古系の老舗である両店の特徴は、客層の大半が日本人であることだ。
内蒙古系の店には、モンゴル人以外の民族がオーナーをしている店もある。
高田馬場の「馬記蒙古肉餅」は2016年9月に内蒙古出身のイスラム教徒である回族の夫婦が始めた店だ。いわゆるハラール中華のジャンルといえる。回族の店なのだが、華人好みの中国北方料理も豊富にある。
店内に飾られるアラビア文字の信仰告白(シャハーダ)は印象的だ。そこには中国語で「万物非主唯有主穆罕默德是主使者(アッラーの他に神はなし。ムハンマドはアッラーの使徒である)」と併記されている。
同じく高田馬場の「内蒙人家」は、内蒙古自治区の省都フフホト出身の漢族の男性が2020年1月に始めた店で、つまみ系など、いかにも華人好みのメニューが多い。同店はこぢんまりとした店だが、酒飲みにはくつろげる居酒屋のような風情がある。